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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
五章 絶界の楽園
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2 再会

 周りの事なんて何も見えていなかった。

 刻印が示す方向にただひたすらに走り続け、途中遭遇した禍々しい雰囲気を醸し出す精霊の攻撃を潜り抜け、明らかに一般人を逸脱している動きをしているであろう俺を制止しようとするロングコートの連中の声も振りきった。

 そして走り抜けた先に見えてきたのは、地下駐車場の入り口。あの先にエルが居る。


 刻印は相変わらず普段通りの感覚を保っている。ということは少なくともあのロングコートの連中の標的にはなっていない筈だ。

 それだけはこの状況において唯一の救い。

 だからエルに標的が向いてしまう前に、一秒でも速くたどり着く!


 そして飛び込む様に地下駐車場の中に突入する。

 そして少し走った所で人影が目に入る。


 正面にロングコートの青年が二人、こちらに警戒と困惑の表情を向けて、それぞれ槍と対戦車ライフルの様な物を構えていた。

 俺はそんな二人に速度を落とさず一言叫ぶ。


「どけッ!」


 その言葉を叫び終えた直後、俺はその二人の間を通過する。

 背後からの攻撃も追いかけてくる様子もなかった。どういう判断でそうなるに至ったのかは分からないが、俺にとって好都合な事には代わり無い。だからもう彼らに意識は向けない。

 その二人を突破した俺は、そのまま地下二階へと足を進める。

 

 そして進めた先に……エルが居た。


 そしてロングコートの連中も三人。


 エルはロングコートの連中に警戒と困惑の視線を向けていて、ロングコートの連中も今まで出てきた連中が精霊にやっていたように攻撃を加えず、武器を向ける程度で踏みとどまっている。


 その様子を目にして、まず最初に抱いた感情は安堵だ。

 エルの様子は普段のものと変わらない。いつも俺の隣に居てくれたエルそのものだった。アイラやヒルダの様に豹変しているような事はない。まずはその事に安堵した。

 そしてその事を認識した直後に抱いたのは危機感だ。


 あのロングコート達はエルに対して殺傷能力を持っている武器を向けている。いや、正確には中心に立つ一人は武器を手にしていないが、この状況で戦う手段を持たないというのは違和感しか感じられない。例えば今の俺の様な戦闘スタイルを有していると考えるほうが現実的。

 だとすれば後の二人が武器を構えている時点でそいつも同様だと考えるべきだ。

 エルに脅威を向けていると考えるべきだ。


 だから飛びかかった。言葉よりも先に手が出たのは、あの異常な価値観を持つ異世界の人間を何度も相手にした所為もあるのだろうけど、そういう選択肢がすぐには浮かんでこない程に精神的に追い込まれていたのかもしれない。


 とにかく一刻も早くエルから引き離すべきだと。引き離してみせると。それだけを頭に入れて中心の素手の青年に急接近して殴りかかった。


 エルが俺に気付いて声を名前を叫ぶよりも速く。


 だけど俺の拳は空を切る。俺の足音に反応したのかどうかは分からない。だけど確かに俺の背後からの攻撃に反応して、僅かに視線を向けられつつ体を反らしてかわされ……そしてその流れで裏拳によるカウンターが放たれた

 だぶん止めようと思っても止められない流れで、かわそうにもかわせない。

 だけどもしギリギリかわせる攻撃だったとしても、その攻撃をかわせたかどうかは分からない。

 だってそうだ。間違いなく意識が削がれる。攻撃をかわす事に全ての意識を注げない。


「グ……ッ!」


 そして裏拳が叩き込まれる。力強くノックするように叩き込まれたその攻撃は、ノックアウトを目的とする攻撃ではなく次に繋げる様な攻撃に思えた。

 だけどその続きは放たれない。エルが俺の名前を叫ぶ中、次の動きに移れなかった青年はその場に硬直して動かない。

 動かないまま、まるでエルの言葉を復唱するように呟く。


「栄……治?」


 ロングコートを身に纏った土御門誠一は、困惑して放心するような表情でそう呟いた。

そして殴られた衝撃に加えて予期せぬ再開にすぐに反応できない俺に、誠一も混乱した様子で声を掛けてくる。


「栄治! 栄治だよな!? お前今まで一体……ってそれよりお前大丈夫か!?」


 恐らくだ。今のジャブの様な役割であろうその攻撃も、肉体強化を使っていない通常時では間違いなく大怪我を負うだろうし、下手すれば死ぬ。そういう攻撃を与えたということを認識したのかもしれない。

 そして認識すればきっと誠一にとっての謎は深まる。


「ってちょっと待て、なんでそんな普通に殴られた程度の怪我しか……というかさっきの拳の勢いにしたって……いや、それ以前になんで精霊が栄治の名前を――」


「落ち着け誠一!」


 俺もまるで落ち着いてはいないのだろう。だけどそれでも予想外のことが起きすぎた直後であろう誠一よりはきっと落ち着いていられる。

 そう、ほんの少しだけ落ち着いていられたのかもしれない。少なくともエルが無事かどうかも分からなくて必死に走り回っていた時よりかはきっと落ち着いている。

 だってエルが無事で、そして誠一がこちらを認識して、その俺にエルが普通に声をかけたからか、残りの二人も一旦武器を降ろした。武器を降ろして明確に戦意が無い事が分かったのか、エルがこちらに駆け寄ってきて「大丈夫ですか?」と心配そうに聞いてくる。それで改めてエルが無事だと再認識できた。


 そして右も左も分からない中で、ほぼ間違いなく味方だと思える人間に会えた。

 誠一も俺の登場でいろいろ混乱しているだろうけど、きっと落ち着けば俺よりも正確にこの状況を理解している。してくれる筈だ。できるような人間だからきっと此処にいたんだろう。

 俺が異世界に飛ばされる直前。あの場所にいたのだろう。

 だから俺はエルに大丈夫だとだけ答えた後、、誠一に俺は尋ねた。


「こっちの事情は後でちゃんと話す。そっちの事情も後で頼む。時間がねえかもしれねえ。これだけ教えてくれ……どうやったら外で暴れている精霊を助けられる!」


 それを聞けば答えが返ってくると思った。きっとこの状況を誠一は何度も経験して潜り抜けている。だから対処法の一つでも帰ってくると思っていた。

 心のどこかで外のロングコートの人間が彼女らに武器を向けていた事を良い意味で捉えて。俺がそうだったように、彼女たちを資源とは捕らえていないであろう彼らの行動がきっと精霊たちにとってもまともな行為であると。故に事の解決策がちゃんと用意してあると。

 そう思いたかったのかもしれない。否、きっと思っていたのかもしれない。

 外の光景を確かに目にして、確かにそう思っていた。思っていたからそんな言葉を投げかけた。


 つまりはきっと……俺はこの状況で一番落ち着いていたのかも知れない。



 落ち着いて、現実逃避をしていたのかもしれない。

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