23 楽園への道
まず初めに目を覚ましたのはエルだった。
「おはようございます、エイジさん」
「ああ、おはよう」
そんなやり取りを交わした後、エルは言う。
「体、大丈夫ですか?」
「俺の方はなんとか。エルは?」
「私もまあ……一応、問題ない位には」
……まあ俺もだけど、完治という所までは行ってないか。
動くのには支障はないけれど、それでもやはり怪我が全て治った訳ではない。ナタリアの言うとおり、本当にある程度という事なんだ。
まあ疲労で皆眠っちまった様なものらしいし、寧ろよく全員の怪我をある程度直すまでの事が出来たなとも思う。きっと今この状態が最善を尽くした結果だ。
だけどまあ、目の前で一応だなんて言われれば、とりあえず今できる最善を尽くした方が良い気がする。
「まだ皆起きてないみたいだし……どうだ? 完治させとく?」
「いいですよ。歩いたりするのには支障ないですし、それよりまたこれから歩かなくちゃいけないのに、エイジさんを疲れさせる訳にはいかないでしょう? だから此処は私がエイジさんの傷を完璧に治療します」
「なんでそうなるんだよ。それだとお前が疲れるだろ」
「大丈夫ですよ、私エイジさんより体力ありますから」
「……そ、そうだな」
それに関しては否定できないんだよなぁ……地味に傷つく。
「だとしてもそれは断る。十分に動ける傷だ。こんな時にエルを疲れさせてまで治そうとは思わねえよ」
「そうですか。だったら次にしっかりと休めるときにしましょう。その時は、その……お願いできますか?」
「ああ、任せろ」
そう返答しながら考える。
……しっかり休める時、か。
「うまくいけば今日の夜位にはやれるかもしれねえな」
「そうですね。この先の湖が正解だったら、そこは絶界の楽園ですから……そして多分正解ですよ、この先で」
「お前もそう思うか」
「……はい。だからこそ、あんなに人間が居たんだと思いますから」
エルも俺と同じ考えのようだ。
精霊が通らなければ人は集まらない。この先の湖が正しいと言う情報が広まっていなければ、精霊は通らない。少なくとも今まで一ヶ月間色々湖を周ってきた際に、ああいう業者が居た事も精霊が集まるなんて事もなかった訳で、そうすればやはりこの先がそうであるうという仮説に信憑性が増してくる。
増しているのに、なんとなくエルの表情は浮かない。
そして俺の表情もきっと浮いていない。
辿り着いた先のリスクについて、一晩考えても何一つ不安を拭う事は出来なかった。
エルもまた、絶界の楽園について話した時の事を、きっと今でも引きずっている。
……本当に、どうする事が正解なのだろうか?
もし今この瞬間この場に居るのが俺達だけだったら、この事について再び話始めるのかもしれない。
だけど今は違う。俺達の周りにはナタリア達が眠っていて、今丁度リーシャが目を覚ました。
だとすれば、そんな話はできない。
今は各々が事について考える。それしかない。
それから暫くして皆が目を覚ましてから、俺達は再び目的地に向かって歩き始めた。
その最中、精霊を捕獲する業者などと出くわす事はなかった。考えてみればこの辺り一帯は俺達が倒した業者が独占して精霊を捕獲していたんだ。今この辺り一帯に居た奴らが俺達の元に集結していた事を考えると、そういった業者がいる方がおかしい。
アイツら自身もこれ以上追ってくる事は無い様に思える。
少なくとも確実に一人死人が出た。そんな状態でその場にまだ残っている犯人を追う事はしても、きっと倒れている人数からして全員が動けるだけの回復術を施すだけでも骨がいる作業なのに加えて、死人が出ている状態でこちら深追いする事は無いと思う。
きっと今の彼らには、仕事をする事よりも優先してやるべきことがある筈だ。
少なくともこの世界の人間ならば、これ以上俺達を追う事よりも、そういうやるべき事をやろうとする様に思える。
……だからとにかく、そこから先の移動は非常に安全だった。
敵と言えば疲労位のもので、夕方、湖を囲むように存在する森の前に辿り着くまで誰とも出くわさなかった。
だとすればきっとこの先も安全と考えてもいいのではないだろうか。もっとも確実にそうとは言えないので、気は抜けない訳だけど。
「……ここを抜ければ絶界の楽園、かもしれないんだよね」
ヒルダがそう言う様に、皆が薄々この先がそうであると察しはじめていた。
「本当にそうだったら、夢でも見てるみたいですね。一度捕まって、もう駄目かと思ったのに」
「……楽しみ。だからこの先が本当にそうであってほしい」
皆がそうやって期待を膨らませる。だけどそれに反比例するように、エルの表情は複雑な物となる。
「……どうかしたか?」
ナタリアが少し心配そうにエルに声を掛けるが、大丈夫ですとだけ答えてエルは森の奥を見据える。
そしてそんなやり取りに視線を向けた後、俺も森の奥へと視線を向けた。
……この先。この先がずっと探してきた目的の地である可能性が高い場所。
俺は気分を落ち着かせるように、不安を押し殺すように一度深呼吸をする。
「じゃあとりあえず先に進むか」
そして一歩一歩と前へと進む。
そんな俺の答えは、もう決まっていた。