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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
四章 精霊ノ王
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22 俺が取るべき選択肢

 目を覚ましてまず初めに視界に入ってきたのは星空だった。

 その光景を目にして一瞬どうして自分は空を見上げているのだろうかと考えたが、徐々に意識を失う前の状況を脳が鮮明に理解していきこの光景に納得が付く。

 戦いの最中で意識を失った。そして俺がこうして普通に空を見上げられているという事は、無事にあの場を切り抜ける事ができたと言う事だろう。

 と、そこまで考えながら体を起こす頃には、より思鮮明に思考回路が働きだす。

 働き出してようやく一つ大切な事に思い至った。


「……ッ!」


 慌てて周囲を見渡す。俺は生きている。手足が動くと言う事はアイツらに捕まったという訳でもない。

 では他の皆は?

 全員ちゃんと無事に潜り抜けられたのか?


 そんな不安に駆られて辺りを見回していると、不安は徐々に安心感に変わっていった。


 俺の隣にエルが眠っていた。

 そこから少し離れた所にヒルダとアイラとリーシャも居て……そして、一人周囲を見張る様にナタリアが立っていた。

 そして此方が目を覚ました事をナタリアも気づいたらしい。

 こちらに視線を向けて少し考える様に間を空けた後、こちらに向かって歩き出す。

 その光景を見て抱いたのは既視感だ。

 事が起きる直前。ナタリアに襲われた時の光景。

 だけどあくまで既視感を感じただけで同じ光景という訳ではない。


 向けられる視線は決して信頼感を向ける様な優しい物ではないけれど、ずっと彼女が俺に対して向けてきた敵意に塗れた視線とはまた少し違う。

 一体それがどういう視線と言っていいのかは分からないけれど……それでも、何かが違っていた。


 そして俺の元までやってきた彼女が俺に何かを言う事は無い。何かを言おうとはしているようだが、結局何も出てきはしない。だけど誰かに襲われる可能性という状況を体験した直後という事もあるとはいえ、俺しか起きていないこの状況で無防備な俺に何の危害も与えてこないという時点で、その出掛かった言葉が今までの様な酷い言葉ではないだろうと思えた。そう思いたかった。


「……」


 そしてその言葉がナタリアの口から漏れ出す事はなく、俺達の周囲は今も変わりなく静まり返っている。そんな中で俺はこの沈黙を破る事にした。

 何が言いたいのか、なんて事を聞くつもりはない。下手にそういう所に足を踏み入れればナタリアがどう考えどういう行動に移るのかなんてのは俺には分からないから、ナタリアが自分からその何かを離そうと思う時が来るまではそのままにしておくべきだと思う。

 だから俺が尋ねるのは違う事。寧ろ今最優先で聞かなければならない、踏みこんでも問題は無いであろうその問い。


「……あの後どうなった? 今、どういう状況だ」


 俺が意識を失ってから此処に至るまでに何があったのだろうか。

 戦いがあった事は間違いない。それが終わった後、場所は移動しナタリア以外は寝静まっている。その間に何があったのか、何かあった時の為にも把握しておくべきだろうと思ったし、眠っている間に必死になって頑張ってくれたであろう皆が何をしてくれていたのかという意味でも把握しておくべきだと、そう思った。

 そして俺のその問いにナタリアはあっさりと答えてくれる。


「あの人間どもを全員倒した後、お前を治療しながら移動した。そしてある程度移動した先で全員にある程度の治療が施し終えた頃には、全員疲労でまともに動けなくなった。だから皆こうして泥の様に眠っている。眠ってしまうほどに体力を消耗していたんだ」


「……お前は?」


「……こんな状況で全員が眠りに落ちればどうなるか、分かるだろう。まあエルは私だけが起きているという状況も避けたかったのか、さっきまでは必死に起きていたようだが」


 その言葉を聞いてエルに視線を落とす。

 ……きっと俺が倒れてから、エルには相当な負担を掛けてしまったのだろう。それなのにずっと俺に何か危害を加えるかもしれないナタリアを見張っていてくれたんだ。どれだけ礼を言えば良いのか分からない位、俺はエルに助けられている。

 でもまあ……結果的に俺はこうして生きている。現時点でなんの危害も加えられていない。

 加えられる可能性はあったのかもしれないけれど、こうなってくれる可能性もエルの頭の中にはあったのかもしれない。エルの言う仮は返したのかもしれないけれど、そもそも仮をつくってしまう様な相手だとは認識している筈だから。

 根は決して悪い奴では無いのだから。


「お前は寝なくてもいいのか? とりあえず万全って訳じゃねえけど、もうある程度戦える位には体力は戻っていると思う。見張りなら変わるぜ?」


「馬鹿か……お前を一人起こしておく訳にもいかないだろう」


 一見こちらの身を案じる様な言葉も、あくまで俺を一人にさせておくと怖いという様な意味合いで使っているのだろう。そして使われる位には、俺への警戒心なんてのはナタリアに深く根付いている。

 だけどその程度で終わってくれているのなら、きっと俺達はほんの少しだけまともな方向に進めたのだと、そう思えてくる。

 それ以上先に進めるかどうかは分からないけれど。




 暫く時間が経つと、起きているのは俺だけになった。

 途中から地面に座り込んでいたナタリアはそのまま体力の限界に到達したのか船を漕ぎだし、気が付けば完全に眠ってしまっている。

 そんな風に眠る様子だけを見れば、本当に嘘偽り無く普通の女の子にしか見えてこない。だとすればやはりナタリアも本来は本当に普通の女の子なのだろう。そうあるべき筈なのだろう。


「……」


 きっとナタリアも眠るつもりなど無かったのだろうけど、気合だけではどうにもならないのは人間も精霊も同じだ。無理なもんは無理なんだ。

 ……そう、どうにもならない。気合だけじゃ、やろうとする意思だけでは、どうにもならない事が多々ある。

 きっと俺達はそんな物を前にして歩き続けているのだろう。現時点の戦闘での限界を知った今、改めて自分達がやろうとしている事が非常に難しい事だと実感する。

 ……今回の目的地まであと僅か。

 そこに辿り着いてハズレだった時、果たして俺達は次の目的地にまでたどり着けるのだろうか?


 その答えは分からないけれど、だけどなんとなく察する事位は出来る気がする。

 出来るからこそ、この先が絶界の楽園への入り口でありますようにと祈った。

 祈りながらも脳裏に過るのは不安だ。


『信憑性のある根拠もない話ですけど考えちゃったんです。エイジさん達を襲ったのはやっぱり精霊なんじゃないかって。絶界の楽園に向かってたどり着いた精霊なんじゃないかって』


『だけど嫌な予感がするんです。不安なんです。本当に小さな可能性だとしても、何かが起きる気がして……不安なんです』


 そんなエルの言葉がずっと頭の中をめぐり続けている。

 その言葉がほんの僅かに残るリスクを再認識させてきて、その認識が俺に不安を纏わせる。

 一度自分の中で決めた答えが揺るぎそうな位の不安が。


「……」


 そして俺は再びエル視線を向ける。


「……なあ、エル。俺はどうすればお前達を助けられる?」


 その答えは当然帰ってこない。

 そして帰ってきても帰ってこなくても、俺は考えるしかない。

 そうだ、もっと考えよう。まだその時まで時間がある。本当に、何が正しいかを考えるんだ。


 皆を助ける為にどうすればいいのか、改めてちゃんと考えるんだ。


 そんな事を思って思考に耽るが明確な答えは出てこず、夜が明ける。

 まだ誰も起きていない。故に出発はまだ先。だけど多少遅く出発しても、目的の湖には恐らく今日中に到達できる。

 答えを出す為のタイムリミットはそこだ。


 

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