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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
四章 精霊ノ王
119/426

ex 変化

 意識を失う直前の事はよく覚えていない。

 だけど自分が予想通り敗北したという事だけは理解できた。


「……」


 地面にうつ伏せで倒れている彼女の両手首は背中で何かに固定されていて、それが精霊を捕らえる際に用いられる枷である事は見えなくとも理解できた。

 その証拠に精霊術は使えない。もっとも仮に使えた所でこの状況を打開する事はできないだろう。

 つまりは詰みだ。これ以上どうする事もできない。


 それでもこうなる事が予測できていた事もあってかある程度は落ち着いていられた。というよりは諦めの感情が覆い尽くして半ば落ち着いている様な錯覚に陥っているのかもしれない。

 ……それでもある程度だ。

 同じ様な経緯で捕まった時も、やはり怖かったし体が震えた。枷で体を拘束されて暗い部屋へと入れられた時も、きっとずっと振るえていたし、いつか来る最後の時に怯えていたのだと思う。

 だからきっとあの時。諦めが大半を埋め尽くした感情の中に、僅かに誰かに助けてほしいという願望が混じっていたのかもしれない。

 そして今回も、諦めて落ち着いて、それでもやっぱり体は震えて。不安や怯えが全身に纏わりついて。

 それ故に誰かに助けてもらう事を願っていたのかもしれない。


「おい、見ろ。信号弾が上がってんぞ」


 人間と精霊のペアを一組にエルを追わせて残った二組の人間。

 そのうちの姿を消してたたかう男が空を見上げながらそんな事を口にした。


「……おいおい、マジかよ。こっちに敵が迫ってるって信号弾だけならまあ賊が出る可能性考えりゃ分かるけどよ……なんだよ全勢力に応援指令って。んな信号弾あがんの始めてみたぞ。これ結構ヤバいんじゃねえの?」


 弓矢を武器にして戦う男が、やや焦った様にそんな事を口にした。

 そしてそんな事を聞いてしまえば、落ち着いてなどいられない。


(……え?)


 この状況で誰かがこちらに向かってくる。仮に大勢の精霊が向かってくるのだとすれば、信号弾が

上がってくる方向がおかしい。

 この先の湖が目的でこの地に訪れるであろう精霊がこちら側に向かってくるのだとすれば、エル達が居る筈の方角からこちらに向かってくるメリットが無いし、ちゃんとまっすぐ目的地に向かっている一行が現れたのだとしても、だとすればあの方角から信号弾が上がるのはおかしい。

 つまり…つまりだ。

 こちらに来る可能性があるとすれば、自分がほんの少し前まで共に行動してきた精霊達。


(……いや、違う)


 そんな程度では、そんな全戦力をぶつけるような信号弾は上がらない。戦ってみて分かった。現状此処にいる人間の戦力だけでエル達を鎮圧するには事足りる。

 それでも全戦力を此処に集中させる様な指示が出たのだとすれば……あの人間がこの場に現れる。

 その目的は全く分からない。何故精霊の味方をする振りをしているのかも……そもそも本当にそれが振りなのかすらも分からない。分かっていた、そうであると決めつけていた筈なのに分からなくなっている存在が、この場に現れる。


 いや、違う。


 もう……現れた。

 アイラ達を引き連れ、大剣を構えてこちらを見据える人間が。


 その人間は次の瞬間何かを踏みつけ急加速して目の前に躍り出て、弓を構えた男を薙ぎ払う、そして辛うじてそれを躱したもう一人の男を此処から一時的に引き離した。

 そして彼はナタリアを庇うようにナタリアの前で剣を構えながら、こちらを振り返ることなく言う。


「助けに来たぜ、ナタリア」


 あの時も今回も。きっと誰かに助けて貰いたかった。

 そしてあの時も今回も、自分を助けたのはその誰かから外れる存在で、自分がまるで理解できない存在だった。

 そんな彼にどういう視線を向ければいいのか。どういう感情を向ければいいのか。何をどうする事が正しくて、真実が一体何であるかを彼女は知らない。未だに知る事ができない。

 故に言葉は返せない。

 礼の一つも言う事が出来ず、そして彼の言葉を否定するような言葉もまた、浮かんでくる事は無かった。

 ……あの工場の地下で助けに来たと言われたときに浮かんできた罵詈雑言はもう、浮かんでこない。

 それどころかほんの少しだけ安堵している自分が居た。

 人間に助けられるという、裏があるとしか思えない訳のわからない事態。あの工場の地下ではそんな感情は沸いてこなかったその事態に、確かに安堵していた。


(……なんなんだ、一体。コイツは一体何がしたい。私は一体どうしたいんだ……ッ)


 その答えを知る事が出来るのは、きっとまだ先の話。

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