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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
一章 精霊契約
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10 それでも俺は剣を向ける

 エルドさんには、今の俺はどういう風に見えているだろう。

 エルの隣に立っている俺を。そのエルの元に歩み寄り、手を握った俺を。

 その答えは明白で、聞かなくたって分かる。


「その刻印……まさかその精霊と、ドール化無しで契約を……」


 その表情は異質な存在を見る眼だ。

 それ程までに、精霊と通常契約を行い、そしてそれを成し遂げるという事は異常な事なのだろう。

 だけどその異質な存在を見る眼には、今まで俺に向けてくれていた様な雰囲気も入り混じっている。


 正直に言って、そういう眼を向けてくれているエルドさんとは戦いたくは無かった。

 八体二という数に含めていたとしても、やはりこうして対峙するとそういう思いも沸いてくる。

 だけどこの状況でそれは成し得ない。


 そもそも、こうして戦ってきた理由を考える。

 それはエルドさん達がエルを狙っているからであり、倒せる相手から逃げようとすれば逆に隙を生むからであり、そして、エルドさん達の正しさを否定して自分の正しさを貫き通す為だ。

 戦闘をこちらの意思で回避させる事は出来ない。


 だから俺達は対峙する。

 戦う意思を持っているエルドさんと対峙する。

 刹那、エルドさんの握った右手から光が溢れだす。

 溢れた光は徐々に安定した形状を築いていき、それは光の剣と呼べるような形状となった。


「……僕にはキミがどうしてドール化無しで契約できたのかも、そもそものキミの考えも。何もかもが分からない。一体キミの眼には何が見えている?」


「エルドさん達がおかしいと思う光景が広がっているんだと思います」


 そう言って俺はエルとアイコンタクトを取り、大剣へと形状を変化させる。


「精霊を武器に……一体何が起きて――」


「多分誰にだって出来た筈の事を、やっているだけだと思いますよ」


「……できませんよ、そんな事」


「精霊とちゃんと向き合えば。そして向き合ってもらえれば。エルドさんにだって出来た筈なんです」


 だけどエルドさん達にとって、エルドさん達が行っている精霊への仕打ちが、ちゃんと向き合った結果なのだろう。そしてそんな結果を出している人間を精霊は目の敵にしている。

 そんな風に致命的なまでに出来てしまっている溝を抱えている状態で、俺と同じ様な事が出来る状態に誰だって持って行けるというのは、はっきり言って絵空事。机上の空論だ。

 俺みたいな先入観ゼロの奴ですら、自分でも無茶苦茶だと思える行動を取って、それにきっと幾つもの偶然が重なって、ようやく手を取り合えたんだ。

 俺でこれならエルドさん達は、一体何がどうなったって出来ない気がする。

 だからこれは出来た筈の事なんだ。多分もう、手遅れ。


「……つまりそれがキミなりの向き合い方ですか。あまり言いたくはありませんが……私もキミの思考や行動は、歪んでいるんだと思います。多分、そう簡単にどうこうできない程にね」


 だけど、とエルドさんは続ける。


「僕にはどうしてもキミが悪い人には見えないんだ。少し接していれば感覚で分かったよ。ルキウスの時もそうだった。それはキミが歪んでいるのだとしても、間違いじゃないと思う。こういう勘は当たるんです」


 だからこそ、とエルドさんは俺に光の剣を向ける。


「僕は此処でキミを止める。きっと正しい心を持ったキミが、取り返しの付かない事をしてしまう前に」


 取り返しの付かない事……それはもう現在進行形でやってしまっている。

 こうして命の恩人に……到底理解できない無茶苦茶な考えを持つ他人に等しい俺をそこまで気にかけてくれる様な優しい人を相手に、俺は剣を構えているのだから。


「負わした怪我は後で必ず治します。だから今は……全力で、キミを倒します!」


 そう言ったエルドさんは、俺に向けた剣の矛先から何かを撃ちだす。

 それはエルの肩を貫いた物と同じ。光の矢。

 だけど違う事があるとすれば、俺の見え方だ。

 あの時は何かが撃ち出されたと思った次の瞬間には、もうエルの肩を貫いていた。


 だけど今は違う。


 俺は無言で剣を振り払う。

 大剣とぶつかり合った光の矢は軌道を大きく変え、明後日の方向へと飛んで行った。

 ……見えている。

 精霊術も何も使っていなかった時とは違う。今は自身の肉体強化の精霊術に、エルを大剣にした時に向上したらしい力がある。

 向上した動体視力を用いれば、次の瞬間には事が終わっていた攻撃も、無茶苦茶早いと表現できる程度には見えてくる。

 そして、今度は一方的に受けるだけじゃない。

 俺は振り払った体勢でそのまま前へと跳んだ。


「……ッ」


 咄嗟に構えられたエルドさんの剣と、俺の持つ大剣がぶつかり合う。

 いや、ぶつかり合うというよりこちらが一方的にぶつけた様な物かもしれない。

 剣が弾かれ、その剣を作り出していたエルドさんの体は、回転を帯びながら勢いよく後退する。

 だけど後退したのは座標だけ。戦意は消えない。


 半ば転ぶようにエルドさんが地面に手をついた瞬間に、その手を中心に魔法陣が展開。

 直後にエルドさんの周囲に六つの光のキューブが出現する。

 それがどういう効力を持つのかは分からない。だけど俺達に向けられた攻撃であるのなら止めなければならない。

 そう思い追撃に掛かるが、それは阻まれる。


「……ッ」


 まるで盾になると言わんばかりに、精霊が躍り出てきた。

 俺は半ば反射的に剣を振るい精霊を弾き飛ばす。

 これで後一人。だけどこの剣は此処で振るうべきでは無かった。

 俺が精霊を弾き飛ばした代償に、ソレははじけ飛ぶ。


「グア……ッ」


 いつの間にか俺の周囲に飛来してきていた一つのキューブは、言わばスタングレネードの様な代物だった。

 一瞬にして音と視界が奪われる。

 それはきっと近接戦闘において絶望的な状況なのだろう。そうならない為にも、俺はあの精霊にではなく、エルドさんに剣を振るうべきだった。もしくは何かしらの手段でスタングレネードを防ぐべきだった。


 だけど結果論からして、絶望的な状況にはなっていないのだから、もうその事は良いだろう。

 ……風の流れが皮膚を通じて周囲の状況を大雑把に告げてくれる。

 きっとそうして得られる情報は、目に見えない死角を除けば全て視界で得られる情報よりも劣る。その証拠に残り五つある筈の光りのキューブの位置情報がまるで把握できない。

 だけど今の状況で、エルドさんの位置だけでも大雑把に情報を把握できれば、それで良い。


『右後方、四角いのが来ます!』


 見えない物はエルが教えてくれる。

 剣になっているエルの視界は良好だ。見えている。見えていたからこそ、あのリバーブローなどが起こり得たのだろう。

 俺はその指示に従って、キューブから離れれば良い。

 視力を奪えば後に来るのは捕縛か攻撃。素人でも大体それは把握できた。それができたならそれを避ければ良い。

 避けて避けつつ、エルドさんへの攻撃の隙を伺う。

 途中何度か攻撃が体掠めたが、掠めただけだ。


「……ッ」


 そして避け続ける俺に対して、エルドさんが何か言葉を発した。

 それが何なのかは分からないけれど、確かに音が聞こえた。

 攻撃の好機が訪れる前に、音と視力の回復が始まった様だ。


 次の攻撃をエルの指示を受けて回避した頃には、もうある程度の視界が確保されていた。

 通常スタングレネードを至近距離で喰らって、どの程度で回復するのか。そもそも回復するのかという答えの解を俺は知らない。仮に分かっていたとして、似ているだけであのキューブの閃光はきっとスタングレネードのソレとは別物で、同じ尺度では測れない。


 でも、それは分からなくてもこれ位は分かる。

 多分、こうして見え始めているのも、エルを大剣にしている恩恵なのだろう。


 あのキューブが精霊術を使う相手を想定とした術ならば、多分これだけ回復が早い訳が無いと思う。だとすれば想定された基準を上回る力を、俺が持っていたというのが一番しっくり来る。

 そしてそれだけ大きな力を持っていれば……一体一の状況下での勝敗は、もう見えていた。


「エル、ありがと。もう大丈夫だ」


 そう言って俺はエルドさんのキューブから発せられた光の矢を、肉眼でとらえ、ソレを宙に飛びあがって回避する。

 そして、足元に風の塊を作った。


「いくぞ、エル」


 ただシンプルに。正面だけを見据え一気に加速する。

 次に視界を奪われる前に、一気に事を終わらせる。そんな思いで。


「ク……ッ」


 エルドさんの周囲に展開されていたキューブが統合され、分厚く大きい結界が展開された。生半可の攻撃じゃ傷すらつけられそうにない。

 だから、生半可な攻撃はしない。



 全力で、振り下ろす。



 両手に衝撃。耳には大量のガラスが砕ける様な音が聞こえてきた。

 そして視界に移るのは、待ちかまえるように光の剣を構えるエルドさん。

 だけど防御一辺倒ではない事は分かっていた。

 こっちも剣を振るって、隙を突かれてお終いじゃ終わらない。


「なん……ッ」


 突然元の形態に戻ったエルを見て、エルドさんの口からそんな声が漏れだす。

 何にせよこれで決める。

 剣は一本。俺達は二人。


「はッ!」


 エルがエルドさんの剣を、風を纏ってコーティングした様な右手で掴んで受けとめる。

 多分それは長くは持たない。だが俺が隙から復旧できればそれで充分。


「俺らの勝ちです、エルドさん」


 そして俺はエルドさんの鳩尾に全力で拳を叩きこんだ。

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