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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
四章 精霊ノ王
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ex その理想を守る為

 完全に失態だったと思う。

 眠るふりをしてナタリアを見張っている筈が、本当に眠ってしまっていた。そのナタリアにエイジが襲われている事に気づくのが少しでも遅れていれば、取り返しのつかない事態に発展していたかもしれない。

 だけどそうなる前に食い止められた。

 そしてここから先も食い止める。

 エイジを庇うようにナタリアと対峙するエルは、警戒心を保ちナタリアに視線を向けたまま、エイジに言う。


「大丈夫です。エイジさんがどうしたくないか位は、理解できてるつもりですから」


 言いながら、一歩彼女は前へと踏み出す。

 具体的にこの場で何が話されどうしてああいう事態に至ったのか。その全貌をエルは知らない。

 そこに会話があったとして、エイジの言葉に悪意の様な類のものが存在しない事は確信が持てるし、これまでのナタリアの態度を見る限りその原因はそちらにあるという事は理解できるが、分かるのはそこまで。

 そんな漠然としたイメージでしか事を捉えられていない。故に適切な解決策は分からないし、あったとしてもそれが通じない可能性も大きい。

 それでも今の状況下において、エイジがどうなってほしくないと思っているかという点については理解できる。だったらそれを回避する。回避したうえで事を終息させる道を探る。それでいい。

 その為にも拳を握れ。


「……ッ」


 エルが軽く拳を握り臨戦態勢に移行するのとは対照的に、ナタリアは一歩後退する。

 その瞳から向けられる視線も敵意の様なものではなく、純粋な困惑した視線。

 それでもやがてその視線に明確な目的が灯される。


「……ああ、そうだ」


 相変わらず、エルに向けられる視線に敵意は無い。寧ろそこには優しさすら感じられる。

 だけどそれでも構えを取った。

 そして自分に言い聞かせるように言う。


「もうこうなってしまったら……躊躇わないでやるべきだ。やらないといけない。きっとそうするべきだ」


 呟くようにそう言った後、その言葉は明確にエルへと向けられる。


「お前の洗脳を解く。そうすればこの歪で反吐がでる状況を変えられる」


「……されてませんよ、そんな事」


 一応反論はするが、通じるとは思っていない。

 今の自分を見て、そういう風に解釈されたのならば、きっと何を言ってもエイジが言わせている様にしか聞こえない。全てが望まぬ声だと勝手に解釈される。

 故にもうまともな言葉は何も届かない。

 それでも彼女を止める。

 文字通り止める。叩き潰すのではなく、何事もなくとはいかなくとも、比較的平和な解決策を取る。

 そうでなければいけない。それをきっとエイジは望む。


 だってそうだ。アレだけ酷い視線を向けられ続けても、エイジは彼女を追い出そうとはしなかった。

 そして何より……自分を半殺しにしてきた相手を助けようとする人間が、この程度の事しかしていない相手を潰す事を、望むはずが無い。

 きっとそれを正しいとは思わない。


 それ故に彼女を止める。

 彼女を止めて、エイジも守る。


「私は、自分自身の意思で此処に立っているんです。洗脳なんかされてないッ!」


 言葉と共に正面に風の塊を二つ打ち出す。

 それをナタリアの正面で意図的に衝突させ、突風を巻き起こし、風に煽られたナタリアは体制を整えながらも大きく後方へと後退し、エルとの距離を開かせる。

 ……狙い通り。うまくいった。

 ナタリアの狙いはエルの洗脳を解く事。だがしかしエイジに対する敵意が消えたわけではないし、消えていないからこそ、そうした誤解が生まれてしまう。

 だとすればエイジとの距離を引き離すべきだ。

 ナタリアに飛びかかる瞬間に見えた状況を考えるに、エイジは抵抗したくても力が入らない様な。そんな様子に見えた。見たままの通りだとすれば、考えられるのは精霊術の出力の低下。そしてそれが当たっているのだとすれば、外的な攻撃に対して非常に危険な状態という事になる。

 だから、まずはナタリアをエイジから遠ざける。


「エイジさん。他の子達をお願いします。何かあったらすぐに戻ってきますから、その時は合図を

頼みます


 エイジはその言葉に対して何かを言いかけたが、それを聞いていられるほどの時間は無い。

 離した距離を少しでも詰める。向こうから接近されれば距離を離した意味が無い。

 エルは足元に風の塊を形成して勢いよくそれを踏み抜く。

 超加速。一気にナタリアの元へと躍り出る。

 そしてその手を伸ばした。

 止めるために。抑え込むために。

 そう、抑え込む。


 まずはとにかくそれを狙う。

 それが解決への第一歩となるはずだ。


 だけどそれは容易な事ではない。


「……ッ」


 伸ばしたその手は空を切る。

 軽々と躱された。幸いそこからカウンターに繋げられる事はなかったが、繋げられてもおかしくない程

の無駄の無い動きで躱された。

 それは即ち、相手が自分と同等かそれ以上の力を持っているのではないかと感じさせる。

 そこでふと浮かんだのは人間が勝手に決めた精霊のランク付け。それに当てはめるとすれば、彼女は恐らく最高位のSランク。

 だとすれば、果たして抑え込むなんて甘い考えが通用しないのではないかと思う。

 だけどそれでも通用させなければならない。そうでなければいけない。

 だから再びその手を伸ばす。


 例え根底がどこか歪んでいても。それでもきっと踏みにじられていい物ではない、そんな彼の理想を守るために。 

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