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人の身にして精霊王  作者: 山外大河
四章 精霊ノ王
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7 故に彼女は此処に居る

「お前はそれを見たのかよ」


 弱っていく力と反比例するように、右手に必死に力を込めながら、俺はナタリアに言葉をぶつける。


「その恩が仇で返される所を見たのかよ! 見てねえだろ! 言ったよな、帰ってこなかったって。お前はその状況を見てねえだろ!」


「……見てないから、どうした」


 きっと見ていれば、そういう酷い結末にはならなかった。

 まるで自分を責めるような表情を浮かべているナタリアに俺は叫ぶ。


「お前の言う一件が俺の聞いた話と同じかどうかは分かんねえよ――」


 全く同じ話なのかどうかの判断はつかない。だからこの位の配慮はしておく。

 だけど此処からは、そんな可能性は頭から外す。

 外して、ただ浮かんできた言葉だけを吐き出す。


「――だけど同じ状況で俺の知ってる奴は仇で返さなかったぞ! 今だって恩を返してる。返し続けてる! ドール化しちまった精霊を、必死に元に戻そうとしているんだ!」


「……」


 分かってる。

 俺の言葉が正しい事だったとしても。その言葉は響かない。

 ただでさえ信頼できない人間が、人間が恩を返すなんて言うこの世界の理から外れた事を言っていて、そしてその内容がドール化した精霊を元に戻すなんて言う現実離れした事柄。

 いくら言ったって。いくら叫んだって。信用なんてしてもらえない事は分かっているんだ。

 だけどそれでも、彼女の言葉を否定する。

 否定しなくちゃいけないんだ。


「お前が人間を信用できないのは理解してるよ。実際にこの世界の人間はほぼ全員お前らが信頼しちゃいけない様な奴しかいねえよ! だけどほぼだ。ほぼでしかないんだ。全員じゃねえんだよ! せめてそういう可能性だけでも。お前が思う結果じゃ無かったかもしれないって、そんな事だけでも良いんだ。その位には俺の言葉を信じてくれよ! 精霊に助けられるなんて異様な経験をした奴の心を、ほんの少し位信じてくれよ! 信じてやってくれよ!」


 確かにアイツは精霊に対して色々と酷い事をやり続けて来たのかもしれない。いや、かもしれないというより間違いなくそうなのだろう。それは否定できない。

 だけどその時。その一件だけは。あの子に対してだけは加害者じゃない。

 絶対にそんな酷い立ち位置で矢面に立たせちゃ行けないんだ。

 立たせる様な言葉を、肯定しちゃいけないんだ!


「……信じ……られるか」


 だけどそれでも、予想通り矢面に立たされる。俺もシオンもその他多勢も。彼女の前では変わらない。そしてきっと変えられない。

 きっと人間には彼女の認識を変えられない。

 それでも。そう分かっていても。引けなかった。

 引く事が正しいとは思えないし、感情的にも引きたくないと、そう思った。

 故に必死に言葉を紡ごうとする。


 だけどその言葉は発する前に打ち消された。

 特別強い衝撃を与えられた訳じゃない。ただその表情を見て。声音を聞いて。何かを言う事に躊躇いを感じたのかもしれない。


「私から、大切な物を全部奪っていった人間なんか、信じ……られるか」


 そう言うナタリアの声は、会話の中で辛い事をこれでもかと思いだしてしまった様に涙声になっていき、そしてその表情も同じように、より辛そうなものとなる。


 そんな状態で。ナタリアは俺へと掛ける力を強めながら、涙声のまま言葉を紡ぐ。


「……返せよ」


「……」


「私から奪った物を全部、全部、返せよ……」


 その弱々しい声は、まるで俺を攻め立てるように発せられる。

 だけど続いた言葉は、もうそんな僅かな攻撃性も感じられないほどに脆い。


「……返してよぉ……」


 辛うじて聞こえるような、そんな言葉。

 その言葉を聞いただけで、これ以上何か言う事は出来なくなっていた。

 確かに彼女の言葉は否定したくて、否定しなくちゃいけない物だとは思う。

 だけどそれ以上の言葉は、絶望に蹲ってる相手に蹴りを入れるような、そんな事の様に思えて。

 例え俺の言葉が正論だとしても。恩人の為に言わないといけない事だとしても。今の彼女にそれ以上の言葉を向けるのは間違ってると思えた。


 だけどこのままの状況を維持するわけにもいかなかった。


「……ッ」


 文字通りナタリアの力は強くなり、俺の出力は落ちていく。

 力加減の一つでも間違えれば致命傷になりかねないし、そもそもその加減がこのまま続いてくれるのかも分からない。

 さっきこの状況を尋問か拷問だと考えたけど、下手すればこのまま殺されるかもしれない。そんな可能性も十分にあり得る。

 それを危惧して必死に腕を引きはがそうとする俺に対し、ナタリアは俺に向けているのか、それとも自分に語りかけているのか、分からない様な声量で呟く。


「……今度こそ、守るんだ」


 そしてその掻き消えそうな声で紡がれるのは、彼女が此処にいる理由。

 今までどうしても理解できなかった、その理由。


「もう誰も……人間の餌食になんか、させてたまるか……ッ」


 ……ああ、そういう事か。

 俺は尚も必死に腕を引きはがそうとしながら、彼女の目的を理解する。

 ナタリアは、俺についてきた精霊を守ろうとしていたんだ。


 エルを、ヒルダを、リーシャを、アイラを。皆を俺から守ろうとしてくれていたんだ。

 俺から距離を置いて。それ故に輪の中に入れなくても。それでも目に映る助けられるかもしれない精霊を助けようと必死になってたんだ。

 彼女が俺達の旅に同行していたのは、そういう事なんだ。


「……」


 正直ナタリアには良い印象を抱いていなかった。抱けるわけがなかった。だけど訂正するよ。

 お前は間違いなく、良い奴なんだ。悪印象は捨て去るよ。


 だけど、それでも……このままの状況を容認する訳にはいかない。


「……ッ!」


 死ぬかどうかは分からない。だけど死ぬかもしれない。そんな状況のままでいられるわけがない。

 だけど打開もできない。弱り切った俺の力では、ナタリアの腕を引きはがす事は叶わない。

 だけど俺でないならば、どうだろうか。

 例えば、第三者がこの状況化に現れれば、その者ならばこの状況に変化を齎す事が出来る筈だ。

 そしてその第三者は。ナタリアが現れる筈が無いと思っている筈の第三者は、確かにそこに現れた。


 一瞬でこちらに接近して、ナタリアに飛びかかるエルが、そこにいた。


「……ッ」


 直前になってそれに勘ずいたナタリアは、一瞬エルに視線を向けた後、俺から手を離して横に飛ぶ。

 そうして俺の近くに入れ替わる様にエルが現れ、慌てて俺に声を掛けてくる。


「大丈夫ですか、エイジさん!」


「……なんとかな」


 実際の所、精霊術の出力を大幅に抑えこまれているからあまり大丈夫ではないけれど、それでも肉体的なダメージという観点においては大丈夫と言える。嘘は付いてない。


「……なんで目を覚ました。結界は正常に働いてる筈……」


 きっとナタリアの脳裏に浮かぶ答えは偶然の二文字だろう。

 音もなく衝撃もなく。そして体内時計で起きられる様な決まった時間に起きたわけでもない。それ以外で目を覚ますとすればそれは偶然と捕らえるのが一般的なのかもしれない。

 だけど俺達においてはそうじゃない。

 俺はエルの手の甲の刻印に視線を向ける。

 俺達は互いが危機に晒されれば、それが感覚的に伝わってくる。きっとどこかの段階で、それがエルに伝わったんだ。

 故にエルはそこにいる。

 俺を守る様に、そこに立っている。


「……何をやっているんですか、あなたは」


 エルの口から敵意が混じった言葉がナタリアに対して放たれる。

 対するナタリアの視線はエルに向けられるが……その視線に殆ど敵意の様な物は感じられない。

 それでも片方にソレが混じれば戦いは起こり得る。

 それを止めようと思った。きっとこんな戦いで得られる物は何もなくて、完全に無益な争いだ。

 だけど俺が何かを言う前に、色々と察した様にエルはナタリアに視線を向けたまま俺に言う。


「大丈夫です。エイジさんがどうしたくないか位は、理解できてるつもりですから」


 それだけを口にして、エルは一歩前へと踏み出す。

 それに合わせる様にナタリアは一歩後ろに後退する。

 そんな風に、彼女達の戦いが始まった。

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