0-1 別れ
道野 歩は、ゲームをプレイしていた。
やっているのは一月前に発売されたやり込み要素満載のRPG。
本来は積んでおいて高校受験が終わったらプレイするはずだったものだ。
もう受験なんか関係ない。
通知が来て調度一週間。
奴らの迎えが来る日だから。
友人知人との別れは通知の来た日に済ませた。
中学3年の受験生が引継ぎをする必要のあるものなんて無い。
あとは、やり残した遊びを徹底的にやるだけだ。
しかし、それももう終わりだ。
「そろそろ、朝ご飯かな」
ゲーム機を定位置に仕舞い、もう帰ってくるはずの無い部屋を後にする。
「うん、おいしい!」
「ホント!?」
今日の朝食を作った歩の妹である実が、うれしそうな声を上げる。
いや、訂正しよう無理してうれしそうにした声だ。
「ああ、これなら僕がいなくても食事は大丈夫だよね」
母親を早くに亡くした道野家は父、歩、実の3人家族。
父は仕事で忙しく、実が不器用だったためこれまで歩が食事の全てを担っていたが、1週間前の通知から実の特訓に費やしていたのだ。
「お兄ちゃん・・・・・・」
実の顔が暗く沈む。
これから先どれだけ自分が頑張って作った料理でも兄の口に入ることは無いのだ。
「泣くなよ。実は強い子だ」
「うん」
頭をぐりぐりと撫でてから、食卓の向こうにいる父をしっかりと見た。
「父さん、今まで育ててくれてありがとう」
言い終わった瞬間には歩の父は席を立って歩を抱きしめていた。
「・・・・・・父さん?」
「・・・・・・いつになるかはわからない。それでも父さんが絶対に助けてやる・・・だからそれまで待っててくれ」
温かい涙とジョリジョリとしたヒゲの感触、抱きしめる強さを感じる。
ヒゲの感触はきついが、それ以外はずっとこのままでいたいと思い始めていた。
だがそれも終わり。
『転送ヲ開始シマス』
機械の音声がどこからとも無く聞こえる。
聞こえるというよりも脳内に直接響いてるというべきか。
視線の高さは変わらないのに身体が浮遊しているような感覚。
ここのリビングにいる感覚と、ここではないどこかにいる感覚。その二つが混ざり合っていく。
最後に家族に何かを言おうとしてすぐに思いつくものでもない。
だが、すぐに言わないと伝えるすらできなくなってしまう。
「父さん、実」
彼らを心配させないように笑顔で、涙でぐちゃぐちゃの顔になっているがそれでもできうる限りの笑顔を心がけて歩は最後の言葉を伝える。
「さよなら」
そして、リビングから道野 歩の姿は消えた。