極バッドエンド一歩手前だったのに……好きでいいの?
おまけです。
私はアンジェラ。……ええ。確かに貴方の言う天使よ。
―私達天使は、人間を幸福にするため生まれてきたのですよ―
まだ生まれたばかりの頃、養育者様達はそう繰り返されたわ。
私達は主の愛し子である人間達を、闇の誘惑から守り幸福へと導くために、天界の光から生み出された、主の忠実なる下僕――なんだって。
―欲望や悪徳に塗れた刹那の快楽ではない、真に満ち足りた魂の幸福―
―それを知る事で人間は闇の誘惑を退け、天界におわす主の愛を理解し成長するのです―
―天使の幼体達よ、貴方々はその助けとなりなさい―
―人間達を守り、そして彼らが本当の幸福に満たされるよう、その善性を導きなさい―
―そして下界から、邪悪な闇界の影響を払拭するのです―
小さな光玉として発生した天使の幼体は、天使の姿を取れるほど力が満ちるまで、養育者様達から天使の心構えを教わり成長するの。
私も他の幼体達とフワフワ空を漂いながら、美しい三対翼の養育者様達のお話を聞き、天使の姿となれる日を待っていたわ。
―よいですね? 私達天使は、人間を幸福にするため生まれてきたのですよ―
―はい、養育者様―
私達が素直に返事をすると、養育者様達はいつも満足そうに頷き、私達を抱きしめてくれた。
その感触が大好きでいつも元気に返事をしていた私は――ふとある時、はい、ではない答えを返したら、優しい養育者様達はどうするのかと思った。
私はずっと、考えていた事があったの。
だからあの日、思い切って養育者様達に、お尋ねしてみた。
―よいですね? 私達天使は、人間を幸福にするため生まれてきたのですよ―
―では養育者様、私達は誰が幸せにしてくれるのですか?―
―……え?―
―私も幸せになりたいのです。養育者様、私はどなたが幸せにしてくれるのでしょう?―
――その途端、強い力が私を包んだ。
養育者様達に拘束されたのだ、と判った私は、気が付けば養育者様達に囲まれていた。
―幸せになりたい、など。……この幼体は、なんと欲深い事を言うのでしょう―
―主の御許でお仕えする天使として生まれた、これ以上の幸福などありませんのに―
―もしや既に、闇の欲望に汚されているのではありませんか?―
―極稀に、そういう欠陥を持った幼体が生まれますね―
―仕方がありません―
そう言い、養育者様達が躊躇無く取り出す剣の刃が冷たく輝くのを見て、私は自分の間違いを悟った。
―申し訳ありません申し訳ありません。もう言いませんお許し下さい養育者様っ―
―私は天使です。主の御許でお仕えするために生み出された、忠実な下僕です―
―二度と愚かな欲など覚えません。精一杯人間の幸福のため働きます―
―ですからお許し下さい――ごめんなさいっごめんなさいっ―
ただ震えながら、そう言葉を発し続ける私を取り囲んでいた養育者様達は……やがて剣を鞘に収めると、いつも通りの穏やかな表情で私に言い聞かせたわ。
―判れば良いのですよ。主の教えを良く学び、そして無欲無私でありなさい―
―それが私達天使という存在なのですから―
―判りましたね?―
―もしまた先程のような事を言えば、私達はあなたを処分しなければなりませんよ―
―欲に汚れ闇に誘われかねない天使など、天界には必要ないのですから―
怒りも悲しみも無く、ただ淡々とそう言い、私を優しく抱きしめてくれる養育者様達。
――その感触を恐ろしく感じながら、私は嫌でも理解した。
養育者様達がおっしゃった事は、何一つ違わず本当であり――私は誰かを幸福にするために存在し、自分の幸福など望んではいけないという事を。
自分の立場を理解した私は、天使の姿を取れるようになってから、ただひたすら努力を重ねた。
一人でも多くの人間の幸福のため、そして彼らから少しでも多くの不幸を退けるため。そう思い――そう思い込み、養育者様達から文武を学び、鍛錬を重ねた。
もう二度と、幼体の時のような目に遭うのは嫌だった。
これは必要無い。処分しよう。――好きな方々に、もうそんな風には言われたくなかったの。
……これも我欲ね。養育者様達に気付かれたら、きっと私は処分されてしまったわ。
でも幸いそんな事にはならず。私は無事天使の成体となり、そして最初のお役目を天界から与えられた。
お役目とは、闇界の標的とされたとある王国の学園に入学し、その学園の人間達を闇界の魔物達から守る事。
―幼体の頃からは考えられないほど、貴女は立派な天使となりました―
―これより主の祝福の元、成体としての名を与えます。……アンジェラ、貴女の下界での活躍を祈っておりますよ―
そして天使長様に名を与えられた私は、天使アンジェラとなって地上へと降りたの。
……え? ……チュートリアル、名前決定シーンって何?
……時々、よく判らない事言うわね、あなた。
任務先であるリュミネリア学園は……そうね、とても賑やかだったわ。
人間達って本当に色々な事を考えて、良く話すのよね。物静かで淡々と奉職してらした、天界の方々とは大違い。
出身地や好きな食べ物や服、アクセサリー、あと好みの異性のタイプまで。教室で前の席に座っていた女の子に色々聞かれて困っちゃった。
一応任務用のノーティリス伯爵の養女って身分はあったけど、異性のタイプなんて考えた事もなかったし。
え? 親友ポジ? ……親友……と思ってもらえていたのかな? 私は一緒にいると楽しかったけど……彼女もそう思ってくれていたかは判らない。
……そう思っててくれたら嬉しいけど……でも私嫌われちゃってるよね。
……気が付いたら、女の子は口をきいてくれなくなったもの。
それで任務の方は―― 一言で言うなら便利屋さん、だったな。
闇の誘惑は人間の怒りや悲しみ、懊悩などに引き寄せられてくるから、私の仕事は、まずそういう負の感情を持つ人達の悩みを解決する事から始まったの。
学園で、学園が建つ王国の城下町で。友達とケンカして仲直りのタイミングが掴めない下級生から、飼い猫が帰って来ないお婆さんまで。最初はできる事からコツコツと、任務をこなしていったわ。
……フリークエストまで完遂タイプかって、どういう意味? うん、確かに来た任務も、任務先で偶々頼まれた事も、できるだけ解決できるよう努力したつもりだけど。
……学園菜園の害獣退治や学園図書館の臨時整理バイト、あと下町の臨時ウエイトレス? うん。何度も頼まれてお小遣い稼ぎにはなったけど……ミニゲームって何?
それはとにかく。任務は最初一人だったけど、すぐに前の席の女の子、それから任務で知り合った男の人達が時々手を貸してくれるようになったから、難しい任務も段々こなせるようになっていったの。
みんな人間なのにすごく強くてね、経験を積むと、闇の魔物達と対等以上に戦える強者となっていったわ。
そんなみんなと協力できると、私とても心強かった。……嬉しくて、とても安心できた。
……だからね私、彼らに嫌われないように気を付けたんだ。
……だって嫌な子だって思われたら……彼らにとって私が欠陥品だったら……養育者様達みたいに、私の事いらないって言うかもしれないでしょう? ……そんなの嫌。
みんなを嫌な気分にさせないよう、いつも注意深く様子を見て。
誰かが困っていたら相談に乗って。
誰かが落ち込んでいたら優しく慰めて力付けて。
誰かがピンチになったら、共に戦って。
そうやって一生懸命みんなが笑顔になるようがんばったらね、みんなずっと私と一緒にいてくれるようになった。
みんなは私が側にいると、とても楽しいって言ってくれたの。
……私が、必要だって。……嬉しかった。
フラグ乱立って、だから意味が判らないわ。私が判る言葉で話してくれない?
……でもね、そういう風にしてたら、知らない女の子達が怒ったの。
大勢で取り囲まれて、叩かれて蹴られて怪我した。
流石に、私の髪を切ろうとナイフを取り出して来たのには驚いてね、私は慌ててその子達から逃げたわ。
それでその後、怪我が痛むから少し休もうと思って……やっと湖の木陰に落ち着く事ができた。
……え? 誰かを呼ばなかったのかって?
するわけないじゃない。
……だって、折角の自由時間に呼び出されて怪我人を助けろなんて、きっと人間にとっては面倒でしょう? 迷惑だと思われて嫌われたくなかったの。
そんな事はない? ……そうね、みんなだったら違ったかもしれない。……彼も、そう言ってくれたものね。
……彼、セーレとはその時出会った。
どうしたんだ、って声に顔を上げたら、恐ろしいくらい綺麗な黒髪赤瞳の男の人が、私を見下ろしていた。それがセーレ。……その時は知らなかったけど、天界の敵闇界の魔王の息子……魔王子だった。
セーレはすぐに私の怪我に気付いて、自分の高位治療薬を取り出すと、使えと言って私にくれようとした。
私はそれを断ろうとしたの。……でも。
―いいえ、どうか気にしないで下さい。大丈夫です。少し休めば、魔法で傷を癒す事もできるでしょうから―
―大丈夫には見えないから、渡している。魔法が痛みで詠唱中断されているんだろう? ならこの薬を使うといい―
―い、いえ……貴方のご迷惑になるのは……―
―痛がってる女を放って帰って、後で死んでないかと気にする方が、よっぽど迷惑だ―
―……―
―『誰かのため』なんて、大抵は自分のためだろう? 俺のもそうだ。だから気にせず利用しろ―
淡々とした声でそう言うセーレの手から……気が付くと私は、治療薬を受け取っていた。
それから……それでいい、と笑ったセーレに、自然と笑って頷く事ができた。
……ああ、懐かしいな。あの時のセーレ、本当に嬉しそうだったの。
助けてもらったのは、私なのに。
―ありがとうございます、私はアンジェラ・ノーティリス、魔法科の一年です―
―アンジェラか。俺はセーレ・バートリイ、剣術科の二年だ―
―……あのバートリイ先輩、……図々しくて恐縮ですが、高位治療薬を買ってお返しするには手持ちが足りないので、バイト料が入るまで待っていただけますか?―
―なんだ、そんな事を気にするな。……しかし、貧乏なんだなお前―
―ち、違います! 昨日武器装備を強化したら、残金一桁になってしまっただけです!―
―アホか、そこまでつぎ込むなんて。一体何と戦っているんだお前は?―
―え……えーと……悪と戦ってます―
―おいおい……はははっ、じゃあお前は正義の味方かっ―
―わ、笑わないでくださいっ―
楽しそうなセーレと話していたら、不思議なくらい痛みを忘れた。
セーレの穏やかな笑顔を見ていたら、叩かれて悲しかった気持ちが、どんどん消えていくのが判って。代わりに湧き上がってくる嬉しさが、抑えても抑えても止まらなかったの。
……こんな自分は初めてだった。
Cvブルーリバー最強……って、もうあなた、私に理解させる気無いよね?
え、ブルーリバーって人なの? 声優? セーレの中の人で本名は青川? ……ええと、セーレの中に人とか想像すると怖いから本当にやめて。セーレはセーレだから。
……でもセーレと同じ声の持ち主なんているのね。
――え? あっちだと結構いる? というか人気声優? ……なんだか哀しくなってきたから、この話題はもういいわ。……セーレはセーレだもん。
ええとそれで、そういうきっかけでセーレとは会ったの。
高位治療薬を返す約束して、また会って話して、次の約束して、また。
……うん。会いたかったの。……誰にもそんな事思わなかったのに、セーレにだけは、セーレが迷惑かもしれないと思っても、もっともっと会いたくなって、話したくて仕方がなくなった。
無理するなって怒られて、心配されて、任務を手伝ってくれる約束もして、……名前で呼べって言ってくれて。
セーレと少しずつ近くなっていくその時間は、とても恥ずかしくて心臓がドキドキして、それからまるで、宝物のようにキラキラしていた。
これが幸福なんだって判って時、とても嬉しかった。――でも同時に、とても怖くなった。……だってそうでしょう?
私は天使なのに、誰かの幸福のために働いているのに。……その私が幸福を望むなど、欲深いと天界の養育者様達に、処分されてもおかしくないのに。
自分の幸福をこんなに……どうしようもなく、止められないほど望んでしまっていいのかって……気が付けば怖くてたまらなくなった。
……だから彼女の言葉は、とても大きく響いた。
凛とした姿が美しい無口な彼女は、セーレの乳姉弟にして護衛の女性騎士。
セーレと一緒に私の任務を助けてくれる彼女は、ある日私と二人きりになった時、静かな口調で私に言った。
―自惚れるな末端天使―
―貴様など、セーレ様が戯れに手折る花一輪程度の価値しかない―
―あの聡明で次代の王と期待されているセーレ様が、天使など選ぶものか―
―捨てられ涙にくれる前に、さっさと身を退くといい―
――捨てられる。いらないと言われる。――処分される。
……そんなはずない、とは思えなかった。
だって私は、欠陥があれば簡単に処分される程度の存在でしかない。
セーレが沢山の女の子達から好かれているのは知っていた。
目の前で私を睨む美しい女性騎士が、セーレを好きな事も知ってた。
……セーレが私ではなく、そんな魅力的な彼女達の誰かを選んだって……何もおかしくないと思った。
気が遠くなるようなショックを感じた。
セーレが私と話してくれなくなる。
セーレが私に笑いかけてくれなくなる。
セーレが――私などもういらない。どこかに処分してしまおうと吐き捨てる。
そんな事を想像するだけで身体が震え、気が狂いそうな激情が私を襲った。
捨てないでセーレ。
私を捨てないで。
いらないと言わないで。
どんな形でもいい。私を必要として。
そう叫びだしたくなる自分を抑えるのがどれほど難しいか、私は知らなかった。
幸福がこれほど私を捕らえ、渇望を与えるものだとは知らなかった。
――その渇望が、闇に堕ちるような強烈な悲しみと憎悪を与えるものなのだとも。
堕ちるわけにはいかなかった。――堕ちたくなかった。
だって私は天使。主の忠実な下僕。人間を守るため下界に遣わされた、天界の住人。
……違う。そんなのは嘘。
私はただ、狂う私の姿をセーレに見られたくなかっただけ。
嫉妬と憎悪に狂い、邪悪に歪んだ堕天使となったその姿をセーレに晒して、失望されたくなかっただけ。
―アンジェラ、お前はいつも幸せそうに笑うなぁ―
―……お前の笑顔、俺は好きだ。お前の笑顔は、仲間達を力付ける―
……セーレの前でだけは、セーレの好きな天使の笑顔でいたかっただけ。
それじゃあどうすればいい?
どうすればセーレに捨てられても、耐える事ができる?
―……どうしたんだアンジェラ?―
―……?―
―いや、その……最近お前は元気がないだろう? ……何かあったのではないかと思ってな。悩みがあるなら、俺でよければ聞いてやっても良いのだぞ?―
……声をかけてきたのは、王子様だった。
任務の一つで知り合った、ちょっと偉そうで怒りっぽいけど、責任感が強くて仲間を良く見ている、本当は優しい人。
―その……セーレと何かあったのか? ……ケンカでもしたなら、この俺が仲直りできるようあいつに言ってやろうか? い、いや、別にあいつのためじゃないぞ。闇との戦いであいつは貴重な戦力だからな。仲間内がギクシャクするのはあれかと思ってだ……―
―……王子様―
―ん? い、いやアンジェラ……俺もそろそろセーレみたいに、名前で呼ばせてやってもいいんだぞ……――え?―
―……優しい優しい王子様。……貴方はずっと、私の側にいてくれる?―
―え――えっ?!―
思いついた。
沢山の幸福がもらえれば、一つ欠けたくらい平気なんじゃないかって。
そう思ったら――欲しくなった。
目の前の王子様も、宰相の息子さんも、剣士さんも、双子くん達も。みんなみんな欲しくなった。
―す――好きだ! 初めて会った時から! ずっとお前の事を愛していたアンジェラ!―
―……本当? ……嬉しいわ。……とっても嬉しいの。……もっともっと……私を嬉しくさせて……?―
失っても失っても手に入れ続ければ、この世界の幸福を全部全部欲しがり続ければ――もしかしたらセーレを失っても耐えられるのかもしれない。
そう思った時私の中の何かが小さくひび割れ、そこから黒い何かが染み出してくるのを感じた。
私を満たしているはずの光を濁らせる、おぞましい闇。
それがなんだろうと、笑顔を浮かべられるなら構わない。
私はセーレが好きだと言ってくれた笑顔を浮かべ、みんなに手を差し伸べ幸福を――愛を求め続けた。
もっと沢山の愛が欲しいの。
大勢の愛が欲しいの。
誰かに分け与えるなんて嫌。
全部全部欲しいの。
――でも愛してるわ。
一番大切な貴方を、誰より愛してるわ。――セーレ。
「――って堕天してんじゃねぇかぁああああああああああああああああああああ!!!」
《――あ、そうかも》
「そうかもじゃねぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!」
俺は俺の中のアンジェラに怒鳴った。
俺の中のアンジェラは、あっさりそうねと返し、言葉を続けた
《でも貴方が目覚めたら、治った》
「な、治るもんなのかよ堕天って? っつーか、男にフラれるかなー? くらいの疑惑で、あっさり堕ちてんじゃねぇよ!! ……いや、色々悪い事が重なったってのもあるんだろうけど」
《カッとしてやった。今は安心してる》
「反省しろ!!」
《フヒヒサーセンw》
「w?! どこで覚えたそれ?!」
《貴方の記憶の中の、ネット用語から》
「やめろぉおおおおおお!! 俺の記憶を読むなぁああああああ!!」
《大丈夫、貴方が死んだ後で、ベッドの下に隠していた『巨乳看護師エレナ・慰安病棟24時』が見つかってないか心配しているのは、誰にも言わないから》
「お前今すぐその記憶抹消しねーと、神殿の柱に頭ぶつけて強制消去させるからな!!」
《天使長様に見つかったら、止められるわよ》
見つかる前に連打してやるぜ!! と怒鳴り返しながら、俺は勢いを付けてその場に寝転がった。背を包む雲の感触か気持ち良い。
雲を利用して作られた浮島は、天界の周囲を漂う小休憩場所の一つだ。
――俺と俺の中にいるアンジェラは、求婚しに来た魔王子ことセーレから飛んで逃げて、飛べない者には来られないこの浮島に、避難していた。
「……あれ、セーレって飛べないよな? 翼は無いし」
《どうかしら? 究極戦技が発動すると、とんでもないジャンプ力は発揮していたけど》
「ああ……あれな。……いや、いくらなんてもあっちからこっちまでジャンプは無理だろう」
ちなみに究極戦技というのは、条件を満たして初めて発動可能な、『あなてん』戦闘メンバーの必殺技だ。セーレ一押しの姉は、セーレのカットイン目当てに雑魚敵にまで使ってたっけ。
……にしても。
「……でも、ツラも見ずに逃げちまったが、いつまでも逃げるわけにもいかないんじゃねぇの? 天使長様が和平の象徴とか言ってたし」
《……》
俺は結構途方に暮れていた。――天界に戻ってもう縁が切れたと思っていたセーレが、なんと求婚しに天界までアンジェラを追って来たからだ。
《……会いたくない。……セーレ……きっと怒ってる》
「まぁ、やってもいない浮気疑われて彼女がビッチ化とか、普通なら激怒もんだな」
《……セーレ……セーレ……》
「ああもう泣くなっての!! ぶっちゃけお前ビッチっつーより、ただのコミュ障だからな!! 極端から極端に走り過ぎなんだよ!!」
《……セーレ……ごめんなさい……みんな……ごめんなさい……》
「ったく……。一応一緒に土下座しまくっただろうが。最悪の事態は回避できたし、あんまり思い詰めるな」
堕天しかかった事アンジェラの超強烈色香パワーによって魅了された男達は、目が覚めた後も特にアンジェラを怒る事はなかった。どんな形であれ、全員アンジェラに好意を持っていたという事実は揺らがなかったからだ。実際仲が良かったらしい。
「……といっても……嫁に来いって言われても困るんだけど俺。男は範疇外っす」
《……私も……セーレと今更結婚なんてできない。……それにきっと……セーレの側には、今もあの人がいる……》
「……ああ、女騎士か。……お前、なんで女騎士に酷い事言われたって言わなかったんだよ? ……あれから、何度も何度も言われ続けたんだろ? 俺そんな女をセーレに薦めちまたんだぞ?」
《……でも、セーレを彼女が好きだったのは、本当だから。……私には冷たくても、セーレの事は……大切にしてくれると思った。……少なくとも、私なんかよりも……ずっと》
寂しそうに言うアンジェラに、俺も少々気の毒になる。
セーレルートのライバルキャラである女騎士か。……確かゲームでは、無言実行の不器用な美少女で、間違っても二人っきりを狙って、アンジェラをチクチク陰湿に苛めるようなタイプじゃなかったんだが……どうやら、俺が知っている世界とは結構差違があったらしい。考えてみればヒロインのアンジェラだって、ゲームじゃもっと世慣れした性格だったしなぁ。
「……いずれにしろ、もう一回謝らなきゃいけねぇのは確かだろ。……なんだかんだで、一番傷付いたのはあのセーレだろうよ?」
《……》
俺の中で怯えるように震えながら、それでもアンジェラが微かに頷くのも判った。
……本当に、好きだったんだろうな。失う事に一人では耐えられないくらい、こいつはセーレが好きだった。
そして、いくらイケメンで逆ハーを作ったって、セーレ以外の男なんて愛せるはずないって、本当はこいつも判ってたんだろう。
俺がいきなり目覚めたのは、アンジェラの逆ハーから逃避したいという願望の現れだったんじゃねぇかと、ちょっと思っている。
……まぁ俺はな~、別に好きじゃなくても、可愛い子だったらちょっとくらい付き合ってみたいけどな~。二股三股、ハーレムだってフィクションならロマンだウハウハとか思ってるし~……。
……くそう、死ぬ前に彼女欲しかったぜ……っ。
《……ああ、貴方清らかなまま死んだから、天使に生まれ変わったのね》
「嬉しくねぇよ!!」
聞いているのは俺だけだが、また知られたくない事を暴露され、ふて腐れて俺は転がった。
「がたがた言うと、今すぐセーレの所に飛んで行くぞ」
《っ……まだ、無理。……怖い……怖い……》
「ったく……仕方ねぇヤツだよなぁ……」
そう言いつつも……俺もそこまでアンジェラを追い詰める気はない。
元々一つのせいか、こいつの不安や葛藤が良く判るし、親近感もあるからだ。
出来の悪い妹を見るような、そんな気分。昔姉に振り回されてたせいで、女の兄妹にはちょっと弱いのかね。はは。
「とりあえず、今日は病気って事で逃げとくか」
《……》
「でも今度はお前から訪ねてって、あの女騎士がいても気にせずセーレに謝るんだぞ。……少なくとも、セーレの恋人はお前で、そこに女騎士が口出す資格はねぇんだから」
《……うん》
こくりと頷くアンジェラを感じ、俺も頷く。……少し安心したみたいだな。よかった。
「……ああ、良い天気だぁ」
寝転がったまま見上げる空は、昔とも下界ともまるで違う、聖なる光に満ちた優しい空間で。ポカポカと暖かい光を受け、俺は眠くなってくる。
「……ちょっと寝ちまうかー」
《ふふ……サボりだ》
「うっせー、人生サボってるお前に言われたくないっつーの」
俺は目を閉じた。ぐー。
……ん?
……なんだろうこの、すばらしく良い香りは。
香ばしく芳醇で食欲をそそる……前世の俺が大好きだったような、素敵な香りは……。
《――あれっ?!》
明らかにいつもとは違う目線で、俺は自分の身体が動いているのを感じた。
俺ことアンジェラは、フラフラと翼を動かし跳びながら、夢遊病のように香りの漂う天界中心部へと近づいていた。
……お、おいアンジェラ……あれって……。
「あれっ?!」
目覚めて、身体が戻っているのに驚いたアンジェラは、前を見て更に驚愕した。
「やっと戻って来たな……我が妻」
無意識に近づいていた中心部の端に立っていたのは、黒髪赤目の恐ろしい程のクソイケメン――セーレだ。
「あ――ぁ――」
「待ってくれアンジェラ!!」
怯えて逃げようとするアンジェラの片手を、セーレは掴み引き寄せた。ワー、強引なイケメンカッコイー。
「わ――私貴方に合わせる顔が――」
「会わせる顔が無いのは俺も同じだ!!」
「え?」
「お前の笑顔に安心して、何も気付かなかった! ――俺の護衛が、あんな卑劣な事を言ってお前を追い詰めていたなんて――許せアンジェラ!!」
ウワー、真剣なイケメンスッテキー。
「っ……ど……どうして……それを?」
「お前の友達が、教えてくれた。――ほら、戦闘にも参加していた、お前の前の席のあの子だ」
「!! あの子が……?」
「お前がどんどんおかしくなっていってるのに気付いて、ずっと心配していたそうだ。……でもお前は、聞いても何も言わなかったそうだなアンジェラ?」
「……誰かに聞いて……肯定されるのが嫌だったの。……貴方が……私を捨てるって……」
「馬鹿な事を……この世界が滅びようと、俺の伴侶はお前だけだ!!」
美少女を抱きしめるイケメン、絵ニナルー。
「お前の友達は、何か理由があるはずだと、調べてくれたんだ。……そして俺の護衛が、お前に酷い事を言っているのを見た、という学生を、見つける事ができたんだ」
「……」
「……俺が問い詰めると、護衛は弁解しながら吐いた。……俺が好きだったと。……あいつはあいつの親から俺の側女として育てられ、あわよくば魔王の一族を産むのだと、野心を植え付けられていた」
「……彼女は?」
「……長く仕えてくれた情はある。だがお前への仕打ちを、許す気はない。……あれはお前の前には、二度と現れない」
一度身を離し、アンジェラを見つめるイケメン……爆発シロー。
「……何も気付かなかった俺を許してくれアンジェラ」
「……ううん。耐えられなくて、愚かな事をしたのは私よセーレ。……私は醜くて汚い。……自分の事しか考えれられない馬鹿な堕天使よ。……貴方が笑顔を褒めてくれた、天使の私はもういないの」
「ここにいる」
「……」
「醜く欲深く狂う程、俺を愛してくれたんだろう? ……そんなお前も愛している。……俺の腕の中に、堕ちて来い……アンジェラ」
「っ……セーレっ」
もう一度ひしと抱き合う美男美女。
その姿は一枚の絵のようで、多分見るものを感動させるだろう。
……セーレの片手に握られている、素晴らしい香りを放つ『焼きそば』がなければな。
……思い出した。魔王子のくせして人間だった母親の影響で庶民舌のセーレは、特技料理で得意料理はなぜか焼きそば。
学園祭イベントで出る焼きそば屋台の鉄板に向かうスチルは、俺の姉が壁紙にするくらいお気に入りで……その焼きそばをアンジェラに食べさせるのは、セーレルートでも有名なエピソードだった。
「……セーレ……その焼きそば……私のために?」
「ああ。お前が逃げたと聞いて、天界の台所を借りた。……お前なら、香りにつられて出て来ると思ったんだ」
どこか自慢げに答えるセーレだが、頬染めてるアンジェラ、お前それでいいのか?
餌付けされておびき寄せられる動物みたいな扱いだぞ。
「……ありがとう……セーレっ」
「お前のためなら、ソースと青のりだって自作しよう。愛してるぞアンジェラ……」
「うんっ、私も……セーレも焼きそばも大好きっ」
……良いのかよ。
ありがとうございました。