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地平線と彼方  作者:
本編
8/68

08.迷いの森に棲まう者

 宴――いや、飲み会はかなたの想像をはるかに超えた盛り上がりを見せた。

 乾杯の音頭のあとは、テーブルに並べられた料理を楽しみつつそれぞれが杯を重ねていく。そこは普通の宴会だろう。ただ、ひとりひとりの飲む量と、上がり続けるテンションがかなたの経験したことのないものだったのである。

 着飾った男も女も楽しげに会話を交わし、皿と杯を空ける。かなたのところに挨拶をしにくる者も少なくなかった。


 洋食っぽいメニューにフォークを伸ばすと、魔王様魔王様! と誰かが来ては自己紹介を含めてふた言、三言述べて去り、気を取り直してかなたが料理に向き合うと、魔王様飲んでる~? とまたその手を阻まれる。

 ちっとも食は進まず、イルディークにおすそ分けしたおにぎりをほんの少し口惜しく思った。


 シルジルが会場の様子を見ながら踊り子と吟遊詩人を投入すると、酒の入った体で魔族一同踊り出してお祭り騒ぎになる。

 すでにジョッキを片手以上空けていた者や酒に弱い者が目を回して退場していくので、それをからかう声がそこかしこから飛んでいた。

 乾杯から二時間ほど経ったころには踊りの熱も引き、間延びした空気が漂い始めたのだが。


 魔王様、魔王様。なにかおもしろい案はないですか?

 なんてシルジルが耳打ちしてきてかなたはローストビーフをごくりとのみこんだ。

 宴会で、おもしろいもの。

 このおもしろいもの、はかなたが基準ではなくて彼らにとっておもしろいものが望ましい。

 アルコールが入った頭でかなたは考える。飲み会といえば、野球拳とか王様ゲームとか。古いが誰でも知っている宴会芸の名をあげると、ヤキュウケンってなんですか! と鳥の巣頭の司会が目を輝かせて食いついた。

 しかたがないのでかなたはルールを説明する。本来はいろいろ決まりごとがあるらしいが、一番一般的で簡単なもので許してもらおう。


 歌に合わせて三種類の手の形を出し合い、負けた方が一枚服を脱ぐ。全部脱いだ方が負け。

 野球というものも存在しないようなので、こういう儀式なのだとアウトとセーフのジェスチャーも教え込む。

 会場のすみでこっそり、シルジルとプチ野球拳をする。歌に合わせた一連の流れと、手つきと、じゃんけんと、勝ったとき負けたとき相子のときそれぞれの手順。

 いいね魔王様! これいただき! 止める間もなく司会者はベルをガンガン鳴らして会場の視線を一斉に集めた。


 魔王様発案の遊び、ヤキュウケン! 今からぼくとイルディーク様が見本をするから、みんなしっかり覚えてね!

 かなたとシルジルのやりとりを片時も目を離さずに追っていたイルディークを、都合よく使おうとするあたり意外とこの少年もしたたかである。


 かなたの前では一切見せなかった無表情を貼り付けてイルディークが難色を示したが、それにかなたがいってらっしゃいと手を振ると雨に濡れた子犬のように頼りなげな視線を向けられた。

 その変わり身はなんなのだ。かなたのなかで変態ポイントが加算される。

 かなたの座るテーブルの前でシルジルと向かい合ったイルディークに、会場がどよめいて好奇の目が寄せられた。

 憮然とした表情のイルディークをまったく気にせず、シルジルの陽気な声が独特の節回しでホールに響く。


 よよいのよいっ!


 笑顔のシルジルが親指を突き立て、無表情のイルディークが両手を左右にぴんと伸ばす。アウトとセーフ。そのシュールな光景にかなたとエーデの肩が同時に揺れた。

 そこからのよよいのよい、で突きつけ合った手は前者がグーで後者がチョキ。


 しんとした間をおいて、シルジルが声を張る。この場合はぼくの勝ち。負けたイルディーク様は服を一枚脱いでいただきます。どちらかが脱ぐものがなくなるまで続ける、こんな宴にぴったりのヤキュウケン! やりたい人ー!

 はーい! はいはい! おれぜってーやる! 俺がやるんだ、てめえはすっこんでろ! んだとお! 勝負しろ勝負う!

 一気に熱を帯びた声でいっぱいになり、魔族ヤキュウケン大会の幕開けであった。


 すごかった。本当にすごかった。アルコールと魔族の勢いはすごかった。

 いかんせん、ほとんどの参加者が挙手をしたためテーブルは壁際に寄せ集められ、広く開いた中央に多くの人が向かい合う格好で並んだわけだが、その光景は異様なものだ。

 男の人が多いが、三分の一ほどは女の人も混ざっている。


 ルールを説明したシルジルが、それじゃあいくよー! と声をかけ、ほぼ完ぺきに歌ってみせた。

 声に合わせて大勢の見よう見まねヤキュウケンが披露され、じゃんけんの勝敗で会場が沸き返り、負けた方の脱衣に歓声と悲鳴が上がった。


 回を重ねるごとに熱気が上がっていって、見よう見まねだったものが完璧に近づいていく。

 いつの間にか負けた方が服を脱いだらジョッキを空にするルールが追加され、参加者が生まれたときの姿に近づくにつれて喧嘩が勃発した。とくに、脱落組で観戦を余儀なくされた人たちによる、意中の相手の裸体披露を巡って……というおめでたい理由のものだ。

 てめえ俺の女を脱がそうってのはどういう了見だあ!? うるせー負けた分際でごちゃごちゃ言うんじゃねーよ!

 罵声と煽りと歓声があちこちで飛び交い、魔術まで使った殺し合いが五組、どういうわけかカップル誕生に漕ぎ付く男女が三組。

 野球拳を始めて一時間経ったころには、すっかりホールは混沌たる有様。


 魔王様ー! 魔王様もやりましょうよヤキュウケン!

 かなたにかけられた声も少なくはなかったが、発案者のくせにこの状況に混ざりたくはないなと心底思い笑ってごまかす。

 魔王様いけません! 万が一にも、そのお体をさらすようなことがあっては! と熱っぽく語る男もいたのだが、かなたはじっとりとした目を向けて、イルディークさんその鼻血はなんなんですかと冷たく一蹴し、変態ポイントが加算した。

 まったく参加する気のない顔で避難していた医者が、にやにやとした笑みを浮かべてその様子を眺めては杯を進め続けた。


 結局、シルジルが宴もたけなわと閉会宣言をしたときには、床に酔っ払いの屍が点々と転がっていた。

 酔いの回ったヤキュウケン狂が、敗北した証に自分たちのイチモツを見せ合って自慢と罵り合いをしているのを見たとき、かなたは気が遠くなるのを感じた。これはアルコールのせいではないだろう。なんなんだこいつら! 中学生か! バカばっかりだ!

 とにかく、ここまで濃い内容の飲み会は初めてだった。


 ちょっとこじれると命がけの喧嘩になるのは勘弁してほしいが、総じてみな陽気で自由で、仲間意識が強い。

 つまり、人間だろうが魔族だろうが、それほど変わらないのだろう。

 魔族魔族と言われて身構えていたかなたは、目の前の光景にようやく肩の力が抜けていくのを感じた。




 その翌日は、邸のなかは二日酔いに苦しむ者が多かったと言うまでもなく、町に降りても笑顔を向けられたと思うと次には米神や口元を押さえる顔ぶれであった。

 エーデの部屋の扉には【酔っ払いは水飲んで三つ葉でも食べてろ】と張り紙がなされ、それでも扉を叩いた者が診察した結果二日酔いでしかなかったときには、容赦なく魔術で邸の外に吹っ飛ばされたそうな。

 目の笑っていないエーデの笑顔が思い浮かんで身震いがした。


 邸と、その裏に広がる町を行き来しながらかなたは構造と位置関係をなんとなく把握していく。

 かなたのいる邸は、お金持ちの所有物と思えばその通りで、ホールやたくさんの客間、そして働く者たちの生活空間が大半を占めていた。

 邸と正門との間に庭があるが、門の先は緑の深い森が広がっている。邸の裏から延びる小道を進むと町があって、魔族たちが店を営んだり学校のようなものがあったりと活気にあふれる。

 一週間ほどぶらつけばおおよその店の位置も覚えることができた。


 町の先には畑や草原、牧場。遠くに見える山脈まで、町や邸を含めたその周りをぐるりと森が覆っていた。

 ずいぶんと大きな森なんだなあとかなたは感心する。その森には、魔族の町が隠れるようにイルディークをはじめとする何人かの魔族が力を合わせて結界を張っているそうだ。

 魔族しか行き来できない結界は、他の種族を森に惑わせて行く手をはばむ。

 山と森を境にして固まって暮らしている魔族たち。

 まるで、隔離されているみたい。この世界で魔族はこうして暮らしているのだ。


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