(閑話)手をつなぐことだってできるのに
「魔王様、よろしいのですか。彼らはご友人だと思っていましたが」
「うん、そうだね」
副団長の低い声にかなたはにっこりと笑みを浮かべた。しらばっくれているのだと語る表情に、ますます彼女の顔が険しくなる。
「でしたら、なぜ」
飄々と笑ってみせるかなたは、ゆったりと椅子にもたれる。
「本人たちがいいって言ってくれてるから、いいんだよ」
気にしない気にしない。
ひらひらと手まで振って軽く返すものだから、副団長はさらに食い下がろうとしたのだけど。
魔王様、厨房が空きましたよ。とサザレアが呼びにきてしまったので、これ幸いとかなたは素早く腰を上げた。メニューの相談に行ってくるねとそそくさと廊下へ飛び出したのを見送るしかなかった。
「……あまり魔王様を責めるな」
逃げたとわかって歯ぎしりした副団長に、涼しげな瞳が咎めの色をのせて向けられる。
すると副団長は不機嫌さを隠さないでイルディークを振り返った。
「ですが、あれではあんまりです。確かにうまくいけばお互いにとって利点になりますが、危険が多いのは明らか。対策はとるにしても、そもそも近づけないことがなによりも安全です」
副団長からしてみれば、イルディークはもちもん、団長もエーデもかなたに甘い。どうしてあんな短慮な案に異論も制止もしないのか不思議でしかなかった。
まだ町の住人がたちのほうが危機感を持っている。先立っては、冒険者をしていた男たちから【小鳩亭】の護衛要請があったところだ。
しかし、イルディークは表情もなく、まっすぐと見つめる。
「本当に、あの方がなにも感じていないと思うのか」
「ではなぜ」
「ツェーのことも、気にかけていらっしゃる。そしてなにより、あのふたりのことを信頼しているから任せることにしたんだ」
副団長には、かなたの感覚などわからないだろう。かなたはある意味でとても天の邪鬼だ。だが、嘘はついていないのに、本心ともズレた言動をするなんて無駄でしかない。それを魔王がするのは言語道断だ。
なんとも言えない顔をした副団長が部屋を辞すと、まだソファーでくつろいでいたエーデが上機嫌に笑った。
「驚いたなあ。イルってば、いつの間にそんなにカナタのことがわかるようになっちゃったの」
背もたれからゆっくりと体を起こして紅茶をテーブルへ戻したエーデの言葉に、イルディークは不満げに眉を寄せる。
「なにを言う。私が一番の理解者であることは、今も昔も変わらない」
「それは魔王様が眠りにつく前でしょ。起きてからは、魔王様の幻想ばかり追っていたくせに」
「……魔王様は魔王様だ」
ぐっと言葉につまってから、イルディークはふいと顔をそらした。
頑ななその姿に、エーデはやんわりと笑みを浮かべてため息をついた。
「ねえ、イル。いつまでそうしてるの?」
からかう口調なのに、声はまるで子どもの手を取ったときのよう。たまにエーデはこういうふうに、すべてを見透かしたような目をする。
イルディークは、けれども視線を外したままぐっと拳を作った。
「私はいつまででも、あの方の支えになるだけだ」
「カナタはきみの支えがなくても立っていられるのに?」
やわらかな声は容赦がなかった。
思わずといった具合に口をつぐんだ相手に、エーデは目を細める。不器用すぎる男の背を、なでるように優しく言葉を続けた。
「馬鹿だなあ。きみが手を離したとしても、カナタがきみの手を取ることだってあるんだよ」
まったくどうして、こんなにも頑ななんだろう。
想いが一方通行だなんて、誰が決めたわけでもないのに。ふたりそろって変なところで凝り固まっている。
わずかに目を見開いたイルディークに、エーデは呆れの眼差しを向けた。まだまだ目が離せないなあ。呟いた声がふわりと紅茶の湯気をゆらした。




