(閑話)魔族の話
魔王の邸から出て町へ下りながら、エーデはココを振り返った。
「なんで、カナタにしなかったの」
邸の裏口から続く道は、土がむき出しで雨の日にはよく滑る。石畳にしようか、なんて声が上がっているのをぼんやり思い出しながら首をかしげると、隣を歩くココは軽く肩をすくめてみせた。
「さっき言ったのがすべてですよ。嘘は言っていないです」
「そりゃそうだけど」
「イルディークさんがカナタさんの傍を離れることはないし、アズさんは真面目ですし」
ココは一度言葉を切って、腕を組む。
「ダイナは、うーん、彼の気がのらないと適当にすませるだろうし」
「あらら、消去法で選ばれちゃったわけだ」
思わず吹き出すと、返されたのははっきりとした否定。
「まさか。ちゃんと選んだつもりです。正直、サザレアさんとも迷ったけど。――エーデさんなら、違った見方の意見をもらえそうだなあと思って。巷の噂話なんかにも強そうだから」
アズでは真面目すぎ、ダイナでは投げやりすぎる。そして、たぶんカナタに一番考え方が似ているのはエーデだろう。
エーデにはその自覚があったが、まさかココがそれを察しているとは。
「ココったら、いつの間にそんなやる気出しちゃったの」
まったくおもしろくてたまらない。
あの宿屋ではケットの賑やかさとカナタの強引さの陰にいた彼なのに。自分の意思でここへ来て、家族を持ち、店も開く。そうともなれば、引っ込んでばかりもいられないのだろう。
「まあ、今まではカナタがいたからね。やる前にカナタがやってたってだけか」
そうそう。大概、カナタはカナタの勢いで突っ走るから。
ココだって周りが見えていたが、あの店はカナタの店。なるべく邪魔にならないよう、でも参考にできることは学んでおこう、そんな姿勢だったわけだ。
「カナタさんは、結構過保護だから。それが悪いわけではないし、おれも勉強させてもらいました」
そう言って笑うココは、なんだか前より吹っ切れたような顔だ。
あの町では身の置き方で悩んでいたようだから、ケットとふたりで家を出て覚悟が決まったのかもしれない。
この転居が、彼らにとってよいことならば、それに越したことはない。エーデはそっとほほえんだ。
「そういえば、不思議な町並みですよね。森の入り口からすぐに魔王様の住まいがあるなんて」
後ろを振り返ると、木々に囲まれて邸の屋根が少しだけ見える。もう、町への門が目の前だ。
賑やかな喧騒を肌で感じたのか、唐突なココの言葉に、エーデは二度瞬く。
「ああ、そうだね。前は一番奥にあったんだけど、先先代の魔王様があそこへ邸を移したんだ」
そういえば、そうだった。
普通に考えたら、森から入ってすぐが魔王の邸なんて立地はおかしい。まして、魔族の町だ。
もう何百年も前のことだから、エーデたちには慣れてしまっていてめずらしいものだということさえも忘れていた。
不思議そうに見上げてくる両隣に、エーデはにやりと唇の端を上げる。
「……もしも、この森が勇者に見つかったら」
魔王を倒そうとしている勇者。
ようやくこの森に魔族がいると知り、勇んで彼らが乗り込んで来たら。
「魔王様危ないじゃん」
ケットが思い切り顔しかめた。
「うん、だからだよ。目的が魔王様だから、ほかの魔族への被害がもしかしたら小さくてすむかもしれないってね」
魔王が魔族で一番の魔力を持つ。それはここ何代かの魔王で見ても確かだ。その魔王が勇者を倒せなかったら、どの魔族が頑張っても歯が立たない。
最後の切り札、なんて言っていると被害は大きくなるばかりだ。
それなら、魔王が初めから勇者と対峙するのが一番よいのではないか。
「そうやって、生き延びてきたんだよ。魔族ってやつはね」




