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地平線と彼方  作者:
本編
47/68

31.川の流れのように2

 小鳩亭の長期休業はまたたく間に広がった。

 店にはもちろん、ギルドや酒場でも張り紙をした。町長であるゾムにも伝えてある。

 その間、どこに泊まればいいんだよ、なんてぶーたれてる冒険者たちに、表通りに立派な宿屋があるじゃないかとかなたが言えば、飯がまずい! と返ってきた。それなら碧の泉がある。ダイナにはうらまれそうだけれど、あの店が盛況するのはよいことだ。

 よろしく! と笑えば、想像とたがわずに嫌そうな顔をしたダイナにぶつぶつ文句を言われ、お嬢様に向かって貴様! と怒る変態をなだめながら退散したのは三日前だった。


 町と町の移動は、徒歩か馬を使うしかない。

 町には辻馬車のほかに馬車の停留所があって、定期的に町と町の行き来をする便が出ている。馬や馬車を持たない人は、基本的にこれを利用するようだ。

 感知石をしかけてまわったから、短い滞在時間だったがすべての町に行ったことがある。けれども、そのときは移動魔法を惜しげもなく使ったため、馬での移動は初めてだ。ザ・旅、という感じでわくわくする。

 大きな荷物を背負った商人や、帯刀している冒険者に混ざって立つと、わくわく感がわくわくわくっと増えていく。目に見えてご機嫌なかなたの横で、イルディークがしかめっ面のまま周りに視線を配った。


「お嬢様。なにが起こるかわかりません。ぜったいにはぐれないようになさってください」


 声をひそめて言うので、かなたははいはいとその背を叩いた。もうこの台詞を聞くのは四回目だ。


「一緒の馬車に乗るんだから、はぐれようがないじゃないですか。心配しすぎ」

「いいですか、必ず私の隣にお座りください」

「……それ、ただ単に隣がいいだけじゃないですよね?」


 胡乱な視線を向けると、どういうわけかイルディークは恥ずかしげに頬を染めた。おい。その反応はなんだ。あながち間違っていなかったってことなのか。イルディークの向こうでエーデが腹を抱えているのが見えて、よけいにかなたは眉を寄せる。変態ポイント加算である。


「アズさん、荷物は大丈夫?」


 のっそりした姿に気づいたかなたは、ドン引きの顔を一瞬にして引っ込める。イルディークとの相変わらずの様子を見て、彼はわずかに苦笑を浮かべた。


「荷台に預けてきた」


 売り子から人数分の券を買って、乗るときに耳を切られるのだそうだ。ひと昔前の電車の切符みたいだなあと、かなたはなつかしく思った。

 馬車の入り口に立っている帽子をかぶった人が、カチカチとはさみを空打ちしているのが見える。そろそろ出発の時刻だろう。


「カナタさーん! もう席に座っていいって!」


 乗客の列からケットが大きく手を振った。大きな声はよくとおる。周りにいた人たちがいっせいに振り返ったのに、サザレアが呆れてケットの頭を小突いた。


「そんなすぐに出発しないから落ち着きなさいよ」

「だって、席が! アズさん、早く! 席が埋まっちゃうよー」


 頬をふくらませた彼女に、アズも苦笑を浮かべる。


「乗れる人が決まっているから大丈夫だ」


 今回の旅はアズにもついてきてもらうことになった。道中でなにかあったら困るため、護衛をギルドに頼んだということにしている。実際依頼を出して、冒険者として雇った形にした。

 アズは何度かかなたのところへ顔を出していたから、知り合いなのだとケットたちも察しているけれど。

 大きな体にいかつい風貌で、決して人当たりがよい見た目ではないのに。ケットにとってはさしたることではないらしい。今朝紹介したばかりだが、すでに旅のあれこれを聞こうとまとわりついていて、見ている側としてはとてもほほえましい。


「今日も平和だねえ」


 同じことを思ったのだろう。

 かなたの後ろにいたエーデが、まぶしそうに瞳を細めた。






 町と町を馬車に揺られて移動し、四つ目の【樹香の町】までやってきた。

 今までの町にもそれぞれ滞在しながら、すでに六日を数える。馬車の定員にあぶれたり、雨で足止めを食らったり。けれども先を急ぐ旅ではないから、のんびりまったりみんなで観光をしていた。

 宿屋に泊まれなければ野宿だってする。昨日がちょうどそれだった。

 アズが主に荷を背負ってくれているが、そのなかに大きな天幕がふたつある。各自毛布を一枚持っているから、男女に分れて芋虫みたいに眠った。普段できないことだから、年甲斐もなくわくわくしてしまった。

 アズが火をおこせば、かなたが腕を振るって食事を作り、それを囲んでエーデがリュートを奏でる。贅沢な夜だ。


「今日は部屋が取れてよかったね」


 昼前に町に着いて、早々に宿を確保した。

 野宿でも大丈夫だが、続くと今後の疲労につながりやすい。旅に慣れていない者が多いから、なるべく宿をとることが望ましいとかなたは思っている。

 まだここは通過地点。次の【緑陰の町】を折り返し地点にするつもりでいるため、体調管理にも気をつけたいところだ。まあ、具合が悪い人がいたら、治るまでその町にとどまってのんびりするのもいい。休業している小鳩亭の留守は、町の警護を担う衛兵たちと依頼を受けた冒険者たちがいる。急ぐこともない。

 かなたの声にケットが大きくうなずいた。


「キャンプも楽しいけど、ベッドはうれしいもんね。あとは朝ごはんがおいしいといいんだけどなあ~」

「ケットはそればっかり」


 ひとまず昼の腹ごしらえをしようと市場までやってきた。一昨日泊まった宿屋の料理を思い浮かべたケットに、かなたは思わず吹きだした。

 大きな荷物を宿屋に置いて、そろって町を散策している。

 果物や野菜が積まれた屋台に目移りしているくせに、ケットは当然とばかりに胸を張った。


「だって、一昨日のメニューなんてひどかったじゃん! あんなぱっさぱさな物体はパンじゃないよ! サラダだってスープだっておいしくなかったし」

「ま、うちの店と比べちゃうとね。どうしても舌が肥えてるから」


 たしかに、とサザレアが笑う。あまり食事に興味がないと、追求しようとは思わないのかもしれないから、ほかの店に同じ料理を求めるのは酷である。

 それでもなかにはスープが最高においしい宿屋もあったし、ケットにこき下ろされたこの宿屋だって、いいところがあった。パンのこねかたを熱弁し始めたケットに、かなたは笑いながら口を開く。


「ベッドの寝心地はすごくよかったよ? あのふかふかはどうやって出してるんだろうね。毎日干せるわけじゃないだろうし」


 枕もふっかふかで埋もれると気持ちよかった。枕は好みがあるから、人によっては寝にくいだろうが、あれはあれでよい。

 ケットがそういえばと腕を組んだ。


「シーツはいいにおいがしたよ」

「香油でも使っているのかしら。あとは、お嬢さん。厨房のカウンターと受付が一緒のほうが動きやすそうでしたね」


 サザレアの言葉に、かなたはため息をつく。

 料理を準備している傍らで、受付業務もこなしていた店がふたつ。あれは受付にかならずひとり立たなくてもすむから、忙しいときに動きやすいだろう。


「やっぱりそうですよねえ……帰ったら本気で改装も考えようかな」

「宿屋に泊るなんて経験はなかったから、いろんなお店を見られるのはいいですね」


 小鳩亭の評判がよいとはいっても、長年営業している宿屋を参考にしない手はない。ココが手帳をぱらぱらしているのを見て、かなたは満足げに笑った。ケットまでつられてにっこりする。


「いろんな町でいろんなもの食べられるしねー」


 彼女らしいのんきな様子に、呆れのため息がみっつ重なった。






 【樹香の町】では果物がよく採れるのだそうだ。町の市場にはそれらを売る店が多い。

 そしてそれがまた熟れたよいにおいを放っていくから、味見していきなよ! なんて声をかけられれば思わず足を止めてしまうのもしかたがない。

 ケットなんて味見をさせてもらえる店を探して歩き回っている。スーパーの試食を狙う小学生のようだ。よくウインナーをちいさなプレートで焼いているのをもらったなあ、なんてかなたは幼いころを思い出してしみじみしてしまった。


 日本と比べると、ここでは青果物などの食べものは比較的安い印象がある。物流がよくないためにその町にいかなければ食べられないものも多いが、その町近辺で栽培されているものだったらどれでも値段はお手頃だ。

 逆に衣類や家具、日用雑貨など人の手がかかる製造物は高かった。製造する機械があるのはまれだし、手作りなのだから時間も手間も現代よりかかってしまう。その分金額は上がるし、上がらないと生活がままならない。そうなるのは当然だろう。


 そういう手間な部分を魔術でうまく埋められたらいいのになあ、とかなたは思うわけだが。小鳩亭で使っている保冷庫などの機材は、需要が大きいはず。作れるのが魔族だけだから、魔族特有の商売につなげたいところだ。

 物流の改善もできるとなおいい。やりたいことがどんどん増えていくが、今は時期尚早でもある。

 イレギュラーな外界制度をやり始めてまだ一年しかたっていないところで混乱を招きそうだ。ひとまず、今は外の世界で二年間、魔族に暮らしてもらってからにしよう。


「お! お嬢ー! こんなとこにいたのかよ~」


 人ごみにまぎれた先で、冒険者のひとりが手を上げる。

 制度申請者で冒険者として小鳩亭の常連である彼に、かなたも思わず笑みを浮かべて手を振った。


「こんにちは。奇遇ですね」

「今、店休んでんだってなー。おれ、今から蓮碧に行くつもりだったからすげえがっかり」

「碧の泉に行けばいいじゃないですか」

「そりゃあそうなんだけどよう」


 唇をとがらせた彼に、その向こうからまた違う冒険者がにししと笑う。


「こいつってば、お嬢に武勇伝聞かせるって張り切ってたんですよ」

「うるせー! よけいなこと言うなよ」


 しっしと手を振る彼にかまうことなく、もうひとりは宿屋の面子をぐるりと見渡した。


「お嬢は、これからどこに行くんです?」

「ここで一泊したら、緑陰の町へ」

「げっ、緑陰かよ」


 嫌そうな声に、かなたはまたたく。押しのけられたもうひとりまで、うへぇと微妙な顔だ。


「おれあそこ苦手なんだよなー」

「俺も俺も」

「そうなんですか?」


 なんでだろう。食べものは山菜類や根菜類が多いとは聞くし、観光スポットがあるわけでもない町だ。つまらないならともかく、苦手と称されるとは。

 首をかしげたかなたに、彼らはそろって唇をとがらせた。


「だってよ、エルフの町じゃん。肩身が狭いのなんのって」

「エルフはほかの種族に冷たいからなー」


 肩をすくめるのに、そういうことかと合点がいく。苦笑したかなたに、ふたりは真面目な顔で声をひそめた。


「お嬢も、気をつけろよ」

「なんかされたら、俺たちに言ってくださいよ。こらしめてやりますから」


 冗談なのか本気ともつかない様子である。かなたはさらりと流してひらひら手を振った。


「うん、ありがとう。また小鳩亭で話を聞かせてくださいね」

「了解っす」

「またなー」


 怪我するなよ~、と最後に付け足して駆けていく姿はあっという間に雑踏に消えていく。

 明日目指す【緑陰の町】は彼らが言うようにエルフの住まう町である。

 ひと昔前は、人間を含めた他の種族は足を踏み入ることさえできなかったらしい。閉鎖的では物資の調達もままならないとか、いろんな事情が積み重なって、少しずつ行き交うようになったと聞いている。

 もっと山の奥にはエルフの森があって、未だに閉ざされた領域なんだとか。

 ちなみに、ドワーフにも彼らの領域というものがあるらしい。魔族だけでなく、ほかの種族にもそういう面があるんだなあと今更ながらにため息をついた。

 まあ、争いが起こらないのならいいか。干渉しないことで均衡を保てるのなら、それもまたひとつの手だ。


 魔族も今、それに近い状態を目指して制度をやっているつもりだが、エルフやドワーフと違うところは、悪意を向けられるかどうかである。

 魔族だって、種族が違うだけなんだけどなあ。エルフたちと同じような扱いになってほしいなあ。そうすれば、こそこそ隠れて生活しなくてすむのに。

 ほかと接触しないで暮らしたい魔族はそのまま、そうしていればいい。けれども、この制度をやってこれだけの申請者がいるのだから、迷いの森の外に出たいと思っている魔族だっている。

 変わらないかもしれないけど、もしかしたら変わるかもしれない。それなら、やってみなければ。そういう思いで始めた制度だ。

 ようやく一年。迷いの森から、遙か彼方に見えた外の世界は、どうなっていくだろう。


「カナタさーん! この赤いやつ、すっごくおいしいよー!」


 離れたところから元気な声が聞こえて、かなたはめぐらせていた思考をとめる。いけないいけない、考え込んでしまっていた。

 お嬢様、とかなたの顔を覗き込んできたイルディークに、大丈夫と笑ってからかなたは駆けだす。今、かなたが受け入れられているのは確かだ。それを噛みしめて、あの手この手でやっていくしかない。

 得意げに真ん丸の果実を手にしたケットに、細かいことはどうでもよくなってしまうのはしかたがないのかなと苦笑が浮かぶ。


 ケットが絶賛しているのは、ブブルと呼ばれる果実だ。あまくてほんのすこし酸っぱい。とろりとした口当たりが独特で癖になる味がするのである。

 日本での記憶で同じものはないから、この世界特有のものかもしれないとかなたは思っている。赤い果実は皮がとてもかたいくせに、果肉は非常にやわらかい。へたを取るとできる穴から、果肉を飲むのが一般的らしい。持ち運びに強いが腐敗がわかりづらいのが難点で、食中毒の原因になっていると聞いた。

 これいっぱい買って帰ろうよ! そうとう気に入ったらしいケットは、両手いっぱいにブブルを抱える。

 腐りやすいから今日食べる分だけね、食べ過ぎはよくない、などなど。みんなでよってたかって説得しするから、ケットがぶーたれるのも時間の問題だ。


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