(閑話)よくない報せ
「カナタ」
人気のない小鳩亭に姿を現したアズに、かなたはふうと息を吐いた。
彼の顔つきは硬い。表情があまりないとはいえ、なんとなく雰囲気で読むことができた。イルディークまで眉を寄せて身構えたので、あながち間違ってもいないだろう。
「……うーん、なんだかよくない報告ですかねえ」
つぶやいて彼を招き入れると、アズは低い声をなお低くして重い口を開いた。
「――腕に刺青のある放浪者がいる」
静かな食堂に響く言葉に、かなたはゆっくりとまたたく。
「なるほど」
「二度、逃げられている。攻撃的な魔術を使用すると枷ははまるが、使うことの制御はしていない。感知石が反応してから防衛団員が駆けつけるまでのわずかな間に姿をくらましている」
魔術を悪用すると、防衛団に報せが入る。
それは外界制度を適応するときに、防衛団と話を詰めて決めたことだ。魔族が外の世界に出ることで問題になるのは、魔術の存在。外に出られたからといって、なんでもかんでも力を振るうわけにはいかない。まして、人としてまぎれるという前提だ。
それでも感知石が反応するというのは、魔族の身に危険が及んだか、魔族が誰かを危機に陥れているか。主にはそのふたつだろう。そういう考えのもと、決まった機能である。
アズは硬い声で先を続けた。
「魔術を使わずに暴力を振るっている報告もある。人間だけではない。種族は関係なく、手当たり次第だ。魔族相手でも容赦ない」
「うちの防衛団も、魔力の追跡はできますからね。腑抜けているわけじゃないはずだし。……ということは、相当強い魔力を持っていて、使い慣れているんでしょうね」
ふむと腕を組んだかなたに、アズははっきりとうなずいた。
「心当たりはある」
うん。そうだろう。
元からブラックリストは用意してあったから、そこに載っていた人かもしれない。かなたがここに来る前、つまり魔王が眠りにつく前に魔族の間でも様々なことがあったはず。それゆえに、思うところがあるのかもしれない。
「精鋭を集めて単独の調査に向かわせている。だが、まだ確保には至っていない」
まだ、逃げたまま。
逃げながら、力を振るい続けている、誰か。
「カナタ」
今まで、かなたの周りには友好的な魔族たちが多かった。だから、やはりそういうことがあってしまうのかと、わずかに落胆してしまう。けれども、落ち込んでいる暇はない。
アズがまっすぐとかなたを見つめた。
「気をつけろ。そいつの狙いは、外の世界だ。ずっと、魔族を根絶やそうとする相手を憎んでいた。だが、今は違う。その外の世界を受け入れようと歩む者を厭う。つまり、わかるな。――狙いは、魔王だ」
魔王を狙うのは、今では勇者だけではない。
むしろ、勇者といわれているオーウィンは、血眼になって魔王を探している様子はない。同族から狙われることになるとは、ずいぶんとまた物騒である。
大きなため息がこぼれた。
「そのうちに、対面することになりそうですね」
やみくもに探すよりも、かなたと一緒にいるほうが捕まえられるんじゃないか。
同じ考えらしいアズもふうと息をつく。
「なるべく、俺はカナタにつくようにする。しばらく店を休みにするんだろう?」
「うん。みんなで町をいくつか回るつもりです」
「それなら、俺も同行しよう。護衛の冒険者とでも言っておけばいい」
「わかりました。よろしくおねがいします」
次から次へと、気が休まらないなあ。
でも、乗り越えていかないと生きていけないのだからしかたがない。それに、アズがいてくれるのは心強い。まわりの手を借りながらでも、うまいこと収めたいものである。




