(閑話)一歩一歩前へ
「明日から、またよろしくお願いします」
新月のこの日、小鳩亭のベルを鳴らしたのはココだった。定休日で閑散とした店には、かなたとイルディークしかいない。エーデは酒場に向かったあとだし、サザレアも町に出ている。
食堂で手紙を広げていたかなたは、ひょっこり顔を出したココに思わず席を立った。
「どうだった? あっちは」
「勉強になりました」
にこっと笑った彼は、なんだかひと回りかふた回り大きくなったんじゃないか。ここにいなかったのはふた月あまりだが、独特の落ち着きをまとっているように思えた。
「カナタさんたちとは違うから、口に出さなければ伝わりませんし、自分がどう動かないといけないかとか、今まで足りなかったところとか。表に出てくると焦りますね」
「それに気づいたなら、行った甲斐があったね。うん、よくがんばりました」
小鳩亭ではかなたから教わる立場だったココ。彼が厨房を仕切るとはいっても、かなたやケットは言わなくてもココのやりたいこと、動いてほしいことが伝わる。しかし、場所が変ればそうもいかない。
まして、碧の泉である。
ダイナは仕事ができるくせに隙あらば長椅子で寝ようとするし、トリトリートは変に力が入りすぎて空回りだ。間に入って調整するのがココの役目だろう。
ダイナはわざとそうしているだろうから、本当に手が足りないときは動き出す。問題はトリトリートだ。彼女が落ち着かない限りココの手は欠かせない。小鳩亭のように決まった時間にお客がくるわけでもないから、なにを優先してやるのか、誰がどう動くのか、トリトリートのなかで組み立てられるようになること。そして、なにより視野を広く取れる心の余裕がなければ。
ふた月経って、ようやく要領を掴みはじめたように思えた。それなら、早々にダイナとふたりでの営業に慣れなくては。
そんなこんなで、今回のココの小鳩亭復帰となった。
トリトリートのためとは言いつつ、今回のココの派遣は本人も言ったとおり、ココのためでもある。
かなたはずっと小鳩亭を続ける気はない。かといって、ココやケットを放り出す気もないから、彼らがどこででもやっていけるようになってほしかった。
かなたたちの手がなくとも、小鳩亭を続けられるなんてことになるのが一番いいなあ、なんて思っているのはまだ内緒である。
「ところで、カナタさん。来月から店を休みにするって聞きました」
今は月の初め。あと三週間ほどは先のことだけれど。
かなたはうなずく。
「ああ、うん。まるっとひと月」
「えっ」
「みんなで出かけるから、開けられないでしょ。それにいくつか町を回るつもりだから、計画どおりになるとも思えないし。だったら急がないでゆっくりするのもいいかなあと思って。みんな、少ない休みでよく働いてくれたからね」
正直に言うと、働きすぎである。日本だったら間違いなくブラックと言われてしまう。だって、月に休みが四日しかない。いくら日中が休みとはいえ、きちんとした休みがないのはよくない。常々思っていたが、誰も文句も言わずに働いてくれていて、そこにあまえてしまったのだった。
旅行から帰ってきたら定休日も増やそう。せめてひと月に八日はないと。目指せ、ホワイト企業である。
「行きたい場所があったら教えてね。せっかくだからいろんな町に行ってみよう」
旅行も休みも、みんなのご褒美になったらいいな。
そう思いながら笑ったかなたに、ココもわかりましたとうなずく。楽しみにしていますと言ってもらえたので、俄然やる気になって旅行の計画を立てるかなたなのであった。




