(閑話)立ち止まってはいられない
酒瓶を前に腕を組んでいると、大きな影がのそっと店に入ってきて、シルジルは顔を上げた。
「あれ、団長。いらっしゃーい」
防衛団の制服を身にまとったアズだった。本来ならば魔王様の護衛についている彼は、迷いの森の留守を預かっている。町の巡回にも出てくるが、もっぱら詰所で部下たちの報告を受け、指示を出しているようだ。
「カナタが、調子はどうかと気にしていた」
「……言うと思ったー。魔王様ってば、本当こっちのことわかりすぎなんじゃないのかなあ」
外の世界に出ているはずなのに、まるでここにいるかのような情報の把握っぷりだ。
シルジルは魔王の言うところのニホンシュの醸造に力を注いでいる。魔術も使って繰り返し作り続けているのだが、どうにも思うようにできず悩んでいたのである。
定期的に報せは送っているものの、どうしてそれ以外のことがわかっちゃうのかなあ。さすがに、悩んでいるから助けてなんて書いてはいない。
唇をとがらせたシルジルに、アズがうすく笑った。
「おまえが外に出られないぶん、気にしているのだろうな」
「そうだけどさー」
【砂塵の町】で勇者一向に出くわしたとき、シルジルは顔を見られてしまった。ついでに言うと、名前も聞かれている。
相手が覚えているかはわからないけれど、そんなシルジルが、正体を偽って宿屋を営むカナタのところへは行けない。行ってはいけないことになっている。
そんなシルジルを差し置いて、始めから同行したのは一番上の姉だし、数か月前には兄までも続いた。それにますます唇がとがってしまうわけだ。
「最近は、勇者たちが宿屋を利用している。おもしろくないのもわかるが、辛抱してくれ」
「……それ、魔王様は大丈夫なの?」
「身内で周りを固めているから、そう簡単に危ないことにはならないだろう」
「ふーん」
シルジルは跳ねっぱなしの髪をぐしゃぐしゃと混ぜた。いいなあ、楽しそうで!
別に、酒造りに不満があるわけじゃない。むしろ、シルジルから言い出した話なのだから、喜んで取り組んでいる。ただ、自分が混ざれないとなると、うらやましい。うまく酒造りができていないから、よけいにうらやましい。
むっつりした顔で見上げると、アズが大きな手でシルジルの背を叩いた。
「おまえの酒への情熱に、カナタは仕事を任せている。なにを悩むことがある?」
ああ、もう。本当、この人にも、魔王様にもかなわない。
シルジルがこんな感じなのを見越して、こういう言葉をかけることができるアズをよこしたんだろうか。どこまでが意図的なのか、さっぱりわからないけど、まったく。
「絶対完成させてやる」
ぐっと拳に力が入る。
団長、ありがとうございます。
高いところにある琥珀色の瞳を見上げると、細められたそれがうなずきを返した。さあ、悩んでいる暇はない。シルジルは酒蔵へと走った。




