(閑話)ダイナとトリトリート
「味見して」
朝からダイナが厨房を使うと言って、なにかを作っていたけれど。呼ばれたトリトリートはきょとんとしながら、彼のもとへ向かった。
夕方の開店までの時間、ココは一度家に戻っているため碧の泉にはふたりしかいない。食材を買いに行くのはダイナと交代でやるが、ココが来るまで気ままにすごすことが常だ。
厨房に入ると、いきなり口元に差し出されたのは、茶色いケーキのようなもの。
しっとりした生地に、なにかを練ったような黒いものが挟まっている。
「これ、なに?」
受け取ってしげしげと眺めていると、ダイナはぱくりとそれを口にほおった。
「ドラヤキっていうんだって。カナタに教わった」
「ふぅん」
くんとにおいをかぐと、ほのかにあまい。
ダイナをまねて、トリトリートもひとくちかじった。しっとりしてやわらかい生地と一緒に、ペースト状のなにかが口いっぱいに広がった。
「……あまい」
そして、今までに食べたことのないあまさだ。チョコレートともキャラメルとも違う、不思議なあまさ。しかも、咽喉を焼くような。
「あますぎ?」
「うーん、わたしにはちょっと」
トリトリートはあまいものは嫌いではないが、たくさんは食べられない。けれども残すのも悪くて、もぐもぐとドラヤキを食べすすめる。
ダイナはぺろりと食べ終え親指を舐めた。ちらりと彼女を見やると、ほんの少し目元を和らげた。
「ふーん、女ってとりあえずあまけりゃ喜ぶのかと思った。やっぱちがうのか」
これはさすがにあますぎたよなあ。言いながらくくっと咽喉の奥で笑うので、トリトリートはびっくりして目を丸めた。
ダイナが笑うところを初めて見た。
なぜか顔が熱くなって、トリトリートは取り繕うように口を開く。
「わ、私だって、男の人はあまいものが嫌いだと思ってたよ」
「ま、そらそーだ」
笑みをのせたまま、ダイナは黒いペーストをナイフからそぎ落とした。器にふたをして保冷庫にしまう背中をトリトリートはぼんやりと眺めた。
「ダイナは」
「ん」
「やっぱり、あまいものが好きな子のがいい?」
ぽかん。
めずらしく呆けた顔をさらしたダイナ。目を丸めてトリトリートを振り返ってまじまじとながめたが、くいと眼鏡のずれを直す。がしがしと頭をかいて口を開いた。
「いや、別に。俺と同じくらいだと、俺が食いたいもの食われそうだから、むしろ嫌いなくらいでちょうどいいかもな」
変なこと聞いてんなよ。呆れの視線を受けて、トリトリートもごまかし笑う。はははっと乾いた笑いが厨房に落っこちたが、ダイナが気にした様子もなく機材の片づけを再開したのにほっと胸をなでおろした。
「そ、そっか」
小さく小さくつぶやいたトリトリートは、買い出し行ってるくねと弾んだ足取りで店を飛び出す。頬が熱くて、勝手にほころんでしまうのを気にもしないで。ぼろぼろのエプロンを引っかけたままだと、肉屋の親父に笑われるまであと少し。
そのまたいつかの、後日
今週の献立をもらいにきたダイナに、かなたはコーヒーをいれながら首をかしげた。
「そういえば、最近トリトリートとはどうなの? なかよくやってる?」
「んー、別に、まあ普通」
ふわりと舞う香ばしさに目を細めるのに、かなたはここぞとばかりに食い下がる。
隙を与えるとこの話題は終了とされてしまうから、ちゃんと聞きたいことがあるときは気が抜けないのであった。
「合わないとは思わなかったけど、ダイナにしてはめずらしくバッサリ見切らなかったね」
だるだる、ゆるゆるしているこの男は、意外とシビアに物事を見る。
防衛団にいる彼の部下たちは、知らず知らずのうちにあれこれ試されているのだけれど、この見た目にうっかり騙されて軽率な言動をしようものなら痛い目を見ることになる。
そんなダイナが文句を言いつつも碧の泉で働くことをやめていないのだから、それほど悪い状態ではないのだとかなたは思っている。
かたむけたマグカップを置いた相手は、ふうとため息をついてみせた。視線は儚い湯気を追っていて苦みが残った口をおもむろに開く。
「なんか、あれなんだよなー」
くっしゃくしゃの髪を混るダイナは、かなたを見ようとしなかった。
「弟と似てる」
ぽつりと零された言葉に驚かされたのはかなただ。
「から、放っておけない」
視線をそらして、ぐでっとカウンターにくたばったダイナ。
おやおやと苦笑して、かなたは空のカップにおかわりをそそいだ。自分のカップにも砂糖は当分いらないだろうなあなんて思ったことが相手にばれたら面倒なので無言を貫くことも忘れない。




