(閑話)双剣の傭兵
かなたは席に案内した冒険者を上目に見つめた。
「双剣ってなんですか?」
「んー、まあ、通り名みたいなもんだろうな」
視線を腰へ向けても、一本の剣が佩いてあるようにしか見えない。
かなたが首をかしげると、ビバリーはひらひらと手を振って軽くいなしてしまった。
突然いざこざの間に入ってきた男に、あの自称上級冒険者は強気だったのだが。名前を知ってコロッと態度を変えた様子から考えると、この壮年の冒険者はかなり有名なのだろう。
あまり聞くのも悪い気がしてそれだけにとどめたが、気になるので今や小鳩亭一の情報通となっている吟遊詩人に尋ねることにした。
「エーデさん、冒険者で双剣って呼ばれている人を知ってる?」
従業員に混ざってブランチを楽しんでいる彼は、若草色の瞳をきょとんとさせる。
「双剣の傭兵?」
「傭兵?」
そんな単語は出てこなかった。オウム返しをしたかなたに、エーデはカップを置いた。
「そ。ビバリーの幻の二本目、てやつでしょ。――上流冒険者ビバリーは双剣使いだけれど、その強さから普段は一本しか使わない。彼が幻の二本目を抜いたときは彼よりも強い相手が現れたか、またたく間に相手方を全滅させたいときかのどちらかだって話さ」
「……へええ。ビバリーさん、そんなに強いんだ」
「でもさでもさ、幻って言ってるのになんでみんな二本目があるって知ってるんだろうね」
ケットが身を乗り出す。
ケットもココも、双剣の傭兵ビバリーのことは知っていたそうだ。ただ、小鳩亭常連客である彼がそのビバリーだとは思っていなかったのだけれど。
「彼だって初級冒険者だったときがあるからでしょ。誰だってはじめから強かったわけじゃないんだし」
「あ、そっか。若いときを知ってる人なら、二本使ってたところ見たことあるのかもねえ」
「争いごとの召集か、護衛の依頼を受けてるって聞いたよ。ちょっと前までは、彼が勇者なんじゃないかってもっぱらの噂だったみたい。まあ、本人はそんな気さらさらないっていうのも冒険者の間で有名なんだとか。酔っ払いの話題にはよくあがるね、ビバリーは」
「でも、カナタさん。やっぱり一理あると思いますよ、護衛の依頼のことは。いつでもビバリーさんのような人が仲裁してくれるわけではないですし、カナタさんが怪我をすることにもなりかねないですよ」
ココがやんわりと口をはさむと、その横でケットまでがうんうんとうなずいている。それにエーデが笑った。
「あの双剣が仲裁したって話が冒険者に広がったから、そうそう馬鹿をするやつはいないとは思うけど。たしかに、カナタが無茶するよりはそれ相応のやつ雇った方が安心かな」
ちらりと向けられた若草色の瞳は、魔術の規制をしたのを忘れるなと言っている。アズならともかくとして、ここにいる魔族たちは身を守ることに力を使えても、反撃はできない。そしてこの場で魔術を使うわけにはいなかいから、その護身術さえもない状態だ。
「だが、その雇った者が無体をはたらくことも考えられる。あの男も、冒険者だ」
難しい顔で紅茶を見つめるイルディークに、かなたはこっそりとため息をつく。彼の気がかりもわかる。それに、毎日ああいう輩が来るわけでもないから、護衛がいても仕事がない場合もある。さて、どうしたものか。
「ちょっとやり方を考えてみないとなんとも言えないなあ。ビバリーさんの恩恵があるうちに作戦立てておくことにします。またその辺は相談するから、そのときは意見よろしくお願いします」
やることって尽きないなあ。やりがいがあるとも言うか。
頭のなかのやることリストに護衛の件とくわえると、かなたはゆっくりと息を吐き出す。ちらりと視線を横に向けると、まだ深刻な顔で紅茶を眺めている男がいた。
なにはともあれ、彼が腕っぷしに自信があるタイプじゃなくてよかった。
思いながら見ていると目が合ってしまい、お嬢様ご心配には及びません! とかスイッチ入ったようなので、はいはいとなだめる。
イルディークさん、紅茶が冷めますよ。
この話はおしまい。強引に断ち切って、イルディークの効果音を察しながら、あっさりとブランチを続けるのだった。




