(閑話)いつか知る日は来るのでしょうか
どうしてカナタさんは、こんなにたくさん料理を知ってるの?
小鳩亭で勤め始めてしばらく。
新しいメニューを考案しているとき、ケットが首をかしげてたずねた。
宿泊したお客たちが出払って、まったりと昼食もすませたひるさがり。朝晩の活気がうそみたいにしんとした食堂には、レシピがつづられた帳面を前に三人が額を突き合わしている。
ケットの声に、店主であるカナタはうーんと苦笑した。
「わたしの周りではこれが普通だった、てことなんだろうなあ。あとは食べることが好きだからかな」
「じゃあ、イルディークさんたちもこれが普通だったの?」
客室の清掃をしているであろうカナタのお目付け役を思い浮かべて、ますますケットが首をかしげる。
カナタとイルディーク、サザレア、そして居候をしているエーデは、たぶん同じ場所の出身だろう。ココとケットはこれまでに尋ねたことはなかったけれど、勝手にそう理解していた。
カナタはなんと言えばいいのかと言葉を選んでいるようだった。めずらしく歯切れの悪い様子に、ココが話をそらそうと口を開こうとしたけれど、その前に彼女は肩をすくめてみせる。
「イルディークさんたちもめずらしいと思ってるよ。わたしだけ、ちょっと別の場所にいたことがあって。んー、単身赴任みたいな?」
「よくイルディークさんが許しましたね」
思わずこぼれたココの言葉にカナタが声をあげて笑った。
「そのときは不可抗力だったんだろうね。だからこそ、今あんなに過保護なんだよ」
あー、なっとく。ケットが真顔でうなずく。ケットから見てもイルディークのカナタに対する態度は行き過ぎているように思えるらしい。
お嬢様、と呼んで慕っている様子は、たしかに一般的なものではない。
イルディークとまではいかなくても、エーデやサザレアまでもカナタには一目おいて接ししている。なにか事情があるのだろうとココは思っていて、そしてあまり深く聞くことは避けてきた。
「そういえば。カナタさんたちってどこの町から来たの?」
だからこそ、こんなことさえも知らない。
ついでとばかりにケットが質問を重ねていくのを、止めるべきか悩むところだ。
ココの心配したとおり、カナタはやはり困ったように笑って言葉を探している。けれども触れてほしくないと拒むわけではなさそうだった。
うーん、と小さくうなってから、カナタはにっこりと笑う。
「ここから遠いところ。細かいことは内緒」
「えー!」
そう言われると、ケットも食い下がれない。さすがだなあとココは感心する。
いいじゃんそれくらい。ケチ!
唇をとがらせたケットを前に、そのうちわかるよとなだめるカナタ。
心配する視線を送っていたココに気づいて、大丈夫だと瞳を細めた。




