(閑話)小さな試食会
まだ店が決まる前、迷いの森の邸でかなたは料理の練習をかねて周りの魔族の反応を観察した。味噌と醤油ができたあとのことだ。
「たぶん、食べなれないものが多いから身の危険を感じたら食べなくていいよ」
ワゴンにのせて居間まで運んだ料理たちを、かなたはひとつひとつテーブルに並べていく。白で統一された器と皿は汚れなどあるはずもなく、ただただ料理の色を映えさせた。
ふわりと踊った味噌の香りに訝しげな顔をしたイルディークだが、他のふたりも好意的に感じているとは限らない。ただでさえアズは無表情でいかつい顔だし、エーデはへらへらとした笑みにすべてを隠す。
毒を盛るわけではないが不穏なかなたの言葉に三人は一瞬視線で言葉を交わしたように見えた。
「得体のしれない茶色いそれで、いったいなにを作ったの」
「みんなが食べやすいものがいいと思って肉味噌サラダと生姜焼きと、カボチャの煮つけとか。あと、白米で食べるのはちょっと抵抗あるので味付けした、失敗米のチャーハンです」
和食、というよりいろんな種類の料理が自己解釈された日本料理がよいと、かなたは宿の料理の方向性を考えていた。いうなれば、一般家庭で出てくる料理だ。
挙げたもののほかに、豚汁、茶わん蒸し、さといもの素揚げも並んでいる。
一品一品解説を加えながら取り分けると、不思議そうに眺めていた三人が顔を見合わせてから己の器にスプーンやフォークを伸ばす。しげしげと観察されている湯気の香った料理が彼らの口に消えていくのを、かなたは黙って眺めた。
咀嚼されて、ごくりと咽喉が動いて――いち、にい、さん。
「なにこれ、初めての味」
レタス、玉ねぎ、モヤシ、ミニトマトとサラダの定番ともいえる野菜たちに、生姜とにんにくを加えてある肉味噌とあえた。香ばしくて箸が進むものだ。豆腐をここに入れるのもおすすめである。エーデが感心したようにフォークで肉味噌だけすくって口に運んだ。
「米もこうして食べるとまったく印象がかわりますね」
感心した声を上げているイルディークの向こうでは、アズがもくもくと生姜焼きを食べ進めている。食べる前になくなるじゃん、とエーデがアズからかすめるように肉を確保した。
かなたはそれを視界の端で確認しながら、豚汁には七味があった方がいいなあと思う。七味か。七味も作るのか。汁物だけでなく、麺類や焼き鳥なんかにも使えるし。
あとで作り方と材料調べておこう。手元にあったメモ帳に七味と一味と書きつけて、ついでに三人の趣向も食べ進める様子を見ながら続けた。意外とウケがよい。
今度は邸の魔族たちと、シルジルなんかの町の魔族たちにも食べさせてみよう。メニューを考えるのはもちろんだけれど、そのまえに料理の練習をせねばなるまい。




