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地平線と彼方  作者:
本編
14/68

(閑話)首に手をかけるのは


「ねえ、カナタ。いつまで夢見心地でいるつもり?」


 きれいに、瞳を細めて笑みを作ったエーデは指の長い大きな手をかなたの首に据えた。低い体温が直に伝わり、わずかにその指先に力がこもる。

 邸の居間の大きな窓からは、遠目に町の人々が行きかう通りが見える。明日の天気の話をしながら、窓際でうららかな日の光を浴びていた、そんな穏やかな午後。

 驚きに目を瞠ったかなたは、こくりと息をのみこむ。

 咽喉が上下する動きが、相手の手がそこにあることで強く伝わって変な感じがした。

 若草色の瞳はやわらかく細められているのに、宿った冷たさを容赦なく浴びせる。それでもかなたは、一拍の間を置くと片眉をあげて唇に弧を描いた。


「……こんな場面を見られたら、大好きなイルディークさんに嫌われてしまいますよ」


 手には、力が込められていない。

 指先が皮膚にかかっている感覚はあるが、呼吸を阻害するような力はない。ただそこに添えられているだけ。かなたの首を、とらえているだけ。

 まっすぐと向けられる視線に、かなたは困ったように微笑む。

 エーデの言いたいことはこれ以上ないほどわかっているのだ。意地悪く口の端をあげた顔をすぐに崩したかなたに、相手は静かに続きを待つ。

 それにかなたは、やはり困り顔のまま笑った。


「知ってるよ、みんなが生きてることなんて。知っては、いるよ」


 この絵本や小説のような、映画のような、かなたの現実から遠ざかっているこの世界。

 帰れない、ここで生きるしかない。

 その言葉を理解しているのに、実感を持てないでいた今まで。魔王様魔王様と声をかけてくれる周りに合わせることで、どうにかこうにか過ごした数か月だった。どこか他人事。中心になって動いているはずなのに、それとなく一歩引いてしまっていた。それを、このおとこは気づいていたし、こうして咎めているのだ。


「でもよくわからないんだ。わたしが誰なのか、ここがどこなのか」


 ようやく、慣れてきた。

 だからこそぼんやりとする時間も増えた。それだけだ。それだけのことなのだ。

 毎日寝起きして、迷いの森の魔族たちと触れ合って、ようやく、彼らの温度を実感する。実感することができるようになってきた。それこそ、夢から覚めるかのように。


「だからただ、生きるだけだよ。エーデさん。わたしはここで生きるしかないから、自分がやりやすいようにするしかないんだよ。エーデさんから見たら夢見心地で千鳥足だろうけど」


 もう、目は覚めている。たとえそれが、寝ぼけ眼であったとしても。

 ゆっくりと離れていく手に、ほっとため息がこぼれる。首元にわずかに残った体温を自覚する前に、その手がかなたの頭をぽんと叩いた。


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