第六話 包丁
一部流血表現有り。
10年前の11月20日。
鈴谷雅人は、深夜までレストラン“月光”にいた。
いつもは遅くても可愛い娘のために21時までには帰るようにしていたが、今日はいつもと違った。
新メニューであるビーフシチューのレシピ完成まであと少し、あと少し・・・そうしているうちに深夜になってしまった。
「随分・・・遅くなってしまった・・・」
「鈴谷さん、そろそろ帰らないと、娘さんが寂しがってるんじゃないですか?」
「そうだなぁ・・・でもあと少しなんだ。今日くらいなら許してくれるだろう・・・」
店内の掃除をしながら雅人に話しかけたのはまだ若い青年。
まだ19歳だが一生懸命、雅人の下で仕事をしている、宮下蒼真。
蒼真は、幼少期を施設で過ごし、なんとか高校まで進学したものの、うまくいかずこの店を訪れたところを雅人に助けてもらい、“月光”で働くことになった。
なんだかんだで、今年で働き始めて一年になる。
背は高く、顔もそれなりに整っているので蒼真目当てに来る女性客も何人かいて、雅人は何度か告白されているところに遭遇したことが何度かある。
もちろん、結果までは盗み聞きしなかったが。
「そうですか・・・鈴谷さんのためならなんでも手伝いますから、遠慮なく言ってください」
「あぁ、ありがとう」
「いえ、鈴谷さんのおかげでいまの俺があるんですから」
そういうと蒼真は、店内のモップがけを再回する。
10分程経ち、掃除を終えた蒼真は、モップを片付け、雅人のいる厨房に向かった。
「んー・・・何か一味足りないなぁ・・・」
「俺にも味見させてもらってもいいですか?」
「おぉ、こんな感じなんだが・・・」
雅人は味見用に小皿に少し盛ると、蒼真に渡す。
「いただきます・・・ん・・」
「どうだ?」
「・・・俺はこの味でいいと思いますけど・・・?」
「んー・・・ならこれにするかな・・・」
そう言って雅人は近くにあったノートを引き寄せる。
表紙には“レシピ”と書いてあって、かなり使っているようで、少し紙がくたびれていていかにも古いという感じ。
そこに近くにあったペンでレシピを書き込んでいく。
蒼真はこのレシピを全部見たことはない。
一応厨房で働いているため、レシピは必要だ。だから、いくつかのレシピはみたことがあるが、雅人は、絶対、誰にも見せないものがあった。
誰も知らないレシピ・・・
「あぁ、宮下くん」
「はい?」
「悪いが・・・倉庫から野菜を持ってきてくれないか? 明日、これでお客さんにだしたいんだ。それで、準備も今日のうちにしておきたい。」
「はい、わかりました」
そういうと、彼は厨房を離れる・・・
そんな素振りをし、彼は手にした。
包丁を・・・
そして、ノートにレシピを書き込む男の背中に、深々と突き刺す。
「っ・・・!?」
「さようなら・・・鈴谷さん・・・」
雅人の背中には、真っ赤な血が滲んでいく・・・
そしてそのまま膝から崩れ落ちた。




