第三十五話 気分
――1月2日 朝 コンクリート部屋
二人きり、空気の暗い子の部屋で年を越した。
とはいってもお互いに「おめでとう」と言い合って、おもちを少し食べたくらい。
しかし未だ誘拐された身である未来はちっともめでたくなんかはなくて、一度は蒼真に心を許したがまたホームシックになっている。
一刻も早く真相を知り、この非日常から解放されたいのだ。
精神的な疲れから、今日はいつもより朝食を残してしまった。
「……どうしたの? 調子悪い?」
蒼真が首をかしげる。
家に帰りたいだなんて、いくら今彼が優しく接しているとはいえ、口が裂けても言ってはいけない。
「いえ、ただ……気になるんです――あの封筒…」
――12月22日 18時過ぎ
「はい、もう時間ないからいってらっしゃい」
未来の鞄から没収していた自宅の鍵を無理やり握らせて車から追い出すような形で取りに行かせた。
急いでいるというのもあるが、この人通りの少ないタイミングを無駄にはしたくない。
蒼真はそこで周りの様子をうかがった。
「あ、やっぱ待ったっ!」
「え?」
あまり大きな声を出しては近隣住民に見つかってしまうため、車を降り未来を捕まえる。
「服とったらこれ、置いてきて、置き忘れたら死刑ね」
と言って一つの茶封筒を手渡す。
怖いことを言ってはいるが、その表情が誰から見ても裏のない笑顔だった。
――1月2日 朝
「あー、あれね、ちゃんと箪笥においてきた?」
「はい」
しばらく何か考えるような仕草をすると
「中身、みた?」
「…っ! 見てないですよ、人の手紙なんて勝手に…」
焦る未来の様子をけらけらと笑いながら面白そうに見つめる。
「冗談冗談、ほんと面白い…で、内容について知りたいの?」
「いえ、封筒の宛名が母の名前じゃなかったから…」
「呉朱音様、だろう?」
からかわれて少し恥ずかしそうにコックリと頷く。
二人の会話や行動にもだんだんと人間味がでてきた。
「その名前、見たり聞いたりした覚えはある?」
「……ないです」
記憶をゆっくり、落ち着いて辿ってから答えた。
「ふーん…そっか…」
「うー…」とか、「んー…」とか、蒼真は唸りながら数分考え込んだ。
未来はその唸り声が面白くて、クスッと笑った。
こういう時はなんとなく“ここにいてもいいかもしれない”なんて思ってしまう。
「ん、わかった、今日は朝ごはん食べて出かける」
「えっ、まだ外はお正月ムードですよっ!?」
「いやー、警察が本気出してるからね、先月俺のバイト先に来たし」
「えぇっ」
大問題をさらりと受け流す。
「捕まるのも時間の問題だし、お正月ムード終わってバイト始まったら下手に行動できないし、また警察来るかもしれないし……」
不都合な点を指を折りながら数えていく。
どんな手を使ってでも今日外出する気らしい。
「わかりました、いきます」
「…捕まえた頃は言うこと聞かないし、殺人容疑かかった男に歯向かうお転婆な子かと思ってたけど…随分言うこと聞くようになったね」
「…!?」
またいつものようにクスクス笑う。
どうやら今日の彼は気分がいいらしい。
――12月23日 夜 鈴谷宅
本当は、家に誰かが侵入したのは知っていた。
鍵がかかっていて金目のものも奪われていないし、荒らされた形跡もない。
だが彼女は娘が誘拐されてから毎日毎日娘の部屋へ行っていた。
そこからひとつのぬいぐるみが消え、タンスの中身が少し減っていることにはすぐに気づく。
警察に部屋に侵入した形跡はないからと、家へ入れなかったのは箪笥に残された、この一つの手紙がきっかけだ。
今、月明かりに照らされた部屋で一人、封を切った。
中の内容に軽く目を通すと
「やっぱりあなたなのね……」
冷たくそう言うと手紙をぐしゃぐしゃにしてしまった。
しかし美紀は恐怖を覚え、捨てることはできず、しわのよったまま封筒へ戻した。
“呉朱音”この名前にはよく見覚えがある。
嫌というほど、この三文字を見れば体調を崩すかと思うほど……




