第三十三話 戦争
――12月24日 某スーパー
ピッ、ピッ
機械でバーコードを読み込む。
クリスマスイブだからか、客は多い上にカゴいっぱいいっぱいに商品がある。今日はいつもより時間がかかりそうだ。
「5380円になります」
にっこり微笑む青年。
スーパーの制服を着て、名札には“宮下”の名前。
このように微笑むと喜ばれることもあれば十年前の事件を覚えているからか、名札を見て驚いた表情を浮かべる人もある。
しかし彼は『犯人じゃないから関係ない』この調子でバイトを淡々とこなす。その働き振りは、店長やほかの店員からも一目おかれているほど。
代金を受け取り次の客の商品に取り掛かろうとしたとき、後ろから視線を感じた。
普通に、何事もなかったように社会の一員として働いているが、今まさに犯罪真っ最中の彼の感覚は鋭い。
振り返ると体格のいい男が一人と、自分と同じようにすっとした体型の男が一人、こちらを見ている。
前者には見覚えがあった。
――同日 10分後
店の奥にある事務所のパイプ椅子に、二人を座るように誘導すると、テーブルをはさんで向かい合うように蒼真が座った。
「お久しぶりですね、山崎さん」
「……その笑顔、まだ慣れないな」
山崎の隣に座る松沢は、この笑顔をみて“奇妙”の意味がわかった気がした。
絵本の王子様のような微笑みなのに、どこか冷たいような雰囲気がある。
「前は後輩でしたよね、十年って早いですねー…」
ストーブはあるが、この部屋も冬になるとなかなか冷える。
寒いのか蒼真は指先をこすり合わせる仕草をした。
その行動を察して山崎は松沢に目配せをする。
「あ、僕は松沢、といいます」
警察手帳を見せてもらうと、クスクスと笑い出した。
「僕の言いたいことが分かるなんて、さすがですね……でも僕もわかりますよ、山崎さんの言いたいこと」
今度は明らかにただの笑顔ではないと松沢は思った。
そしてこの奇妙な空間と空気に置いてかれてしまいそうで、先が不安になった。
「未来ちゃん、行方不明なんですってね、テレビで見ましたよ」
「単刀直入に言うと、お前を疑ってる」
「まぁ、仕方ないかー…」
疑われていると聞いても、得に焦ることもなければ驚くこともなく、彼はただ冷静だ。
むしろこの状況を楽しんでいるようにも受け取れる。
「つまり、僕が誘拐したんじゃないかってことですか?」
少し興味のなさそうな口調。
「あぁ、そうだな」
「だったら答えは簡単、僕じゃない」
即答だった。
何の迷いもなく答えた。
山崎が隣でため息をつくのをみて、松沢が根拠を述べる。
「…鈴谷未来さん、彼女は最近十年前の事件に興味を持ち、犯人はだれなのか調べていました。」
「はい、」
「そして彼女は母から犯人は宮下蒼真…つまり、あなただと言うことを聞いていたそうです。」
「そうでしょうね」
ずっと興味のなさそうな返答だったが、“母”の単語を聞いてからはぶっきらぼうになってる。
「彼女は事件当時は幼かったが、高校生になった今、新しい証拠を手に入れた。だから口止めのため、違いますか?」
「もし僕が犯人だったら…口止めせずに殺してますけどね」
張り詰めた奇妙と緊張が一瞬に凍りつく。
たった今、この部屋の中で戦争が起きている。
「あぁ、そうだろうな。警察が言うのもあれだが、俺でも多分殺してたな」
黙っていた山崎が腕を組み、蒼真を見つめる。
「でもなぁ、俺はまだお前の言葉、忘れちゃいねぇ。『僕は人を殺すことが嫌いだ。無駄な争いもしたくない。』だったら、なるべく殺すのを避けるんじゃないかと思った。」
「誘拐なんて、生きながらにして殺しているようなものじゃないですか。そもそも僕は十年前の事件の犯人じゃない。裁判でそう決まったはずですよ」
呆れたような表情で言うと、パイプ椅子から立ち上がり窓の外を見る。
二人は彼のこの行動にどんな意味があるのか、体中で感じ取ろうとしていた。
「アリバイですよね、その日なら家で本読んでました。証明する人は誰もいませんよ」
「そうか、」
窓の近くに立ち、夕日に照らされる青年は一枚の写真のよう。
「また捕まるんですか」
「わからないな、どちらとも言えない」
「ほんとに、運悪いなー…」
その声には先ほどの楽しさはなく、自嘲じみていた。
彼の弱気な姿を見るのは山崎も初めてだった。




