第三十話 転落
――12月30日
暖かい部屋。
その部屋のイメージを何か色に例えるなら橙色。
そこには家族の団欒があって、美味しそうな食事があって、なにより笑顔がある。
母と、父と、そして私。
知らない…けどどこかで見たことのある人を
『――お兄ちゃん』
私はそんな風に呼んだ。
兄弟なんて、いないのに。
そんな人、知らないのに……
「っ…」
そこで目が覚めた。
けれどその部屋は冷たく、イメージどころか壁までも灰色の、コンクリートの部屋だ。
時計を見ると、朝の8時。
布団から出るとコンクリート部屋はとても寒いため、なかなか出られない。
たまに寒いだろうからと蒼真の部屋で寝させてもらっているのだが、落ち着いて眠れないのでどちらにせよデメリットがついてくる形になる。
「はぁ…」
鼻や耳が冷えるので体中すっぽり布団の中に入る。
目をつぶると、まだ自分の家で寝ているような感覚。
このままじっとしていれば、家族が起しに来てくれるような気がして……
「おはよーっ」
「ん……!?」
蒼真が部屋から勢いよく現れたかと思うと、布団をばさーっとめくる。
いくらストーブが付いているとは言え、このコンクリートの冷たさには勝てない。
誘拐した人と誘拐された人。
一見奇妙な関係で、実際に未来も何度か殺されそうになったことがあるものの、いつもの優しい蒼真ならもう慣れて来ている。
「カブトムシの幼虫みたい」
思わずうずくまる未来をそんな風にクスクスと笑う。
こうしていると一週間ほど前の恐怖など嘘のよう。
「はい、これみて」
そう言うとベッドの端に座ってテレビをつける。
まだ朝だけれど、年越しも近く特番も多いようだ。
リモコンでチャンネルを切り替え、ニュースに変えた。
「さっき俺の部屋で見てたんだけど、気になってさ」
リモコンをテーブルに置き、足を組む。
元々背が高く、手足の長い蒼真にはその姿勢が似合っていると未来は思った。
「未来ちゃんのこと血眼で探してるみたいだよ、このままじゃ十年前の犯人が捕まってないのも掘り下げられて……警察も困るみたいだし」
「……」
何も言えなかった。
帰りたいとは思っていても帰りたいと言ったらまた怖い目に合うし、それ以上に真犯人が知りたかった。
ここに居座ることがいいことじゃない。それに彼に協力し始めていて犯罪者への道をまっすぐ進んでいることもわかっている。
けれどいつまでも真実は浮かび上がってこない。
このままでは父も天国でも幸せになれない。
「大丈夫、警察がここを見つけることは……いつかあると思うけど、当分は平気」
「……どうしてそう言い切れるの?」
「そんな気がする」
彼は手帳を取り出すと中になにか書き込む。
そういえば、一緒にオムレツを食べときも、拳銃を突きつけられた時も彼は左利きだ。
「すぐに俺と未来ちゃんの接点に気づく……けれど俺は逃げ切ってみせる―――」
そのあとに言いたいことは、もうわかった。
彼が口癖のように言うし、未来がここにいる“理由”だから。
「お父さんを殺した人への復讐を終えるまでは……でしょ?」
起き上がって蒼真の隣に座り直し、見つめる。
すると微笑みながら
「俺のこと、わかってきたみたいだね」
「お互いに目標は同じ……」
「そうそう…」
クスッと笑うと
「だんだん未来ちゃんも“こっち側”の人間になってきたみたいだね」
「…どういうこと?」
未来の冷えた手を包み込み温めるようにしながらつぶやいた。
「純粋に家族が大好きな未来ちゃんの手を、犯罪が、俺が…汚していること」
さみしそうでも嬉しそうにも見えた。
けれど目を合わせてはくれず、ずっと手を見つめている。
もうわかっていた。
自分が犯罪に手を染めていく将来は見えていた。
いつかは、逮捕され、償いをしなくてはならないことも……
ただ、これだけは譲れない。
復讐だけは……
もう自分は、悪の道へと転落してしまった。




