第二十九話 銀色と月
――鈴谷家 玄関前
黒塗りの怪しい車の横を通り過ぎて、今日も未来の家を訪ねる。
まだ行方不明のままで、警察はまだ知らないが、彼女の母が言った感じから、無罪となった殺人犯“宮下蒼真”に誘拐された可能性があることも察しがついた。
しかし、インターホンを押せば、また玄関から姿を見せてくれるような気がする。
さみしさなのかわからない感情を、自分なりにどうにかしたかったような気もする。
ピンポーン
…いるはずもないか。
そう思い帰ろうとした瞬間、後ろから口を塞がれる。
「……っ!?」
声がダメならと必死にもがくが、相手の力の方が強く、ふりほどけない。
首に回された腕を見ると、男であることはなんとなくわかるのだが、さほど太くない腕にこんな力があるのかと、混乱する。
「どこかで見覚えがあると思えば……君だったのか」
ここは住宅街。
いくら周りは暗く、見通しが悪くても声が大きくては近所に通ってしまう。
それを考えてからか、声の主は小声で話し出す。
翔は声を聞いて今自分を抑えている人物は男であると確信した。
「いーっつも未来ちゃんのそばにいて、正直……」
未来のことを知っていて、自分のことも知っている……
そんな人間はいるかもしれないが、こんな犯罪じみたことをするような人物は身に覚えはない。
そう考えると、背筋がゾッとする。
「目障りなんだよね。」
音量はそのまま。
でもわざとらしく、はっきりとして殺意を含んだ口調だった。
「本当は殺してやりたいところだけど、俺の目的はそうじゃない。だから要求に従ってくれるなら生きたまま返してあげるよ」
彼は少し楽しそうに続けた。
安心して、体の緊張が少し緩む。
「なんて…嘘に決まってるだろ」
その一言で未来は、体中の器官、組織、細胞までが悲鳴をあげているのを感じた。
さらにドアの向こうから人が倒れる音が聞こえると、体中の震えがとまらず、指先には血のかよっている感覚はない。
もう計画なんてどうだっていい。
震える手を必死に伸ばしドアを開けた。
「大丈夫、殺してないから」
ニッコリと笑う青年と目が合う。
したを見ると、金髪の少年が倒れている。
「小田君…だよね…」
しゃがみこんで体を揺すっても意識はない。
出血はないようだけれど…本当に殺していないのか…?
彼女にそれはどちらにせよ大切な人に手を出した。その事実が許せないのだから安心を怒りが塗り替える。
「どうして…」
クスクスと楽しそうな青年を睨むように見上げる。
「そいつのこと、好きなの?」
「……っ?」
思いもよらない返答だった。
「大切なものを守りたい。人間らしい行動だよね。」
ポツリ、頬に落ちる雫。
小雨が降り始めたようで、濡れたアスファルトの匂いがあがってくる。
「でも睨んだって無駄、というか逆効果。それで俺の怒りを買えば、二人揃って殺すことなんて簡単。君らの命は俺の手の中にある」
「……」
何も返せずにうつむいた。
何度も殺されかけているため、もちろん死にたいなどとは考えていないし、恐ろしいものではあるが彼女の中ではなんとなく死を覚悟できているつもりだ。
しかし、関係のない人を巻き込みたくはない。
そう考えると彼の言うとおりにするのが賢い方法。
人質が背負う宿命。
「分かれば良し。人が来る前に帰る」
怒ってはいないようだが、ぶっきらぼうな口調だった。
――数分後 車内
行きと同じく遠回りだった。
窓には雨の雫が付き、さらに道はわからない。
会話がなく数分。交差点の赤信号の途端に蒼真が口を開く。
「鍵」
そう言って顔も見ずに、左手を差し出す。
ポケットを探りマスコットのついた鍵を手の上に乗せると、指が少し彼の手に触れる。
蒼真は少し驚いた表情をした。
すぐにニッコリと微笑んで
「手、すっかり冷えちゃってるよ」
「え?」
未来の手に自分のポケットに入っていたカイロを握らせた。
「……ありがとう」
本当に彼は不思議な人間だ。
月のように優しい。
しかし、どこか寂しげな光を放っている。
銀色のように美しい。
しかし、どこか冷たい。
未来はそう感じた。




