第二十話 昔話《後編》
「未来ちゃんはすぐに信じられないかもしれないけど、俺は嘘を語るつもりはない。」
「はい」
もちろん、犯人として見ているが“ただ悪い人”という概念はもう未来の頭からは消え去っていた。
父を殺した犯人への復讐という点では自分に近いような存在とも思い始めた。
だから彼の言うことは真実がほとんどであるだろうと、未来は信じることにした。
――10年前 11月20日
未来の父雅人は、新メニューであるビーフシチューのレシピを作っていた。
何度作っても納得がいかず、気づけばもう深夜。
同じく深夜まで残って掃除をしていた蒼真に味見をしてもらうと、
「・・・俺はこの味でいいと思いますけど・・・?」
そう言われて、そろそろ終わりにしようとレシピ用のノートに書き加える。
このレストランを始めてからずっと使っているため、ノートはもうぼろぼろだ。
ほとんどは自分以外の料理人として働くスタッフのために公開しているレシピだが、いくつかは自分しか知らないレシピがある。
妻の美紀でさえ知らないものもあった。
そして、すぐに帰っても良かったのだが味を覚えているうちに明日に出す分のビーフシチューの準備をしておこうと思い、雅人は蒼真を倉庫に行かせた。
――現代
「で、美紀さんからは倉庫に行ったふりをした俺に刺されたって言ってたんじゃないかな?」
「そうです、母はそう言ってました」
「そっか、でも違うよ、本当はこうだ」
真剣な瞳で続きを語り始めた。
彼が言葉を紡ぐたび、未来は真実に近づく。
真実に触れられる喜びと不安から、心臓も共感し鼓動が早くなる。
――10年前 11月20日
「寒ーっ…」
そう言って倉庫から必要な食材等を探す。
まだ今日…と言っても深夜になるため昨日仕入れたばかりの食材。
もう今日の分はほとんど使い切ってしまい、ほとんどない。
また明日の朝契約している業者から運ばれてくる予定。
そして必要なものだけ持って雅人のいる厨房まで戻る。
そこで彼が見たものは、背中に深々と包丁を刺されたまま倒れている雅人だった。
「鈴谷・・・さん?」
最初は状況がわからなかった。
しかし、真っ白な服に赤い液体はどんどん染み込んで、広がっていく。
そこでやっと理解した。
彼が殺されたということ。
「鈴谷さんっ!?」
呼びかけても揺すっても、応答はない。
まず、落ち着こうと深呼吸をしてから警察と消防へ連絡した。
そして救急車と警察を待つあいだに近くに落ちていたレシピの書かれたノートを見ると数ページ破かれていた。
おかしい。
もし、レストランの関係者ではない赤の他人であれば、レシピは知らない。
だから盗むのであれば、ノートそのものを全て持っていくのが妥当だろう。
関係者は、雅人が誰にも見せないレシピの存在を知っている。
ということは、関係者である可能性が高い…
残ったページを見ても、蒼真のよく見慣れたレシピだった。
そしてなにより、包丁を見ると蒼真が使っていた愛用の包丁だった。
「え…?」
雅人も蒼真も自分専用の包丁で調理することが多い。
しかし、雅人の包丁はまな板の上に置かれたまま…
「……」
最初は気にしていなかったが、警察の聴取を受けたり、捜査が進むたびに気づいていった。
どこかに自分を犯人にしたてあげようとしている人間がいることを…
――現在
「だから、俺じゃない。証拠はないけど嘘じゃない」
「…完全には信用できません」
嘲笑気味に蒼真は笑うと、
「仕方ないよ、人殺しの言うことだから…」
そう言って自分の手を見つめる。
未来には僅かに震えているように見えた。
「じゃぁ、公園で殺されたあの人は…?」
「俺を犯人にしようとした奴らの一人。」
「奴らってことは…複数?」
「実行犯は一人。でも俺を犯人にしようとして計画に参加してたやつは全員知ってる」
「その犯人たちの恨みは、私のお父さんへですか、宮下さんへですか?」
「俺を恨んでるんだ」
そう言って蒼真は頭を抱え込む。
何かに絶望しているような。
「全て俺がいけないんだ。あいつらは最低だ。俺を殺せばよかったのに…鈴谷さんも未来ちゃんも美妃さんも、悲しむ必要なんてなかった!!」
そう狂ったように一息で叫ぶと、蒼真の呼吸は荒くなっていた。
頭を抱えたままで表情は見えないが、肩が上がった呼吸になってしまっている。
「見苦しいところ見せてごめん…」
「いえ…でもあなたを信じます。」
「…もう今日は話せそうにないや、恨まれた理由についてはまた話せたら話すよ…」
そう言うと蒼真は顔を見せず未来に背中を向け、ポケットから何かだしテーブルに置いた。
蛍光灯の光で反射して、未来には何が置かれたのか見えなかった。
「足枷と手錠の鍵だから」
そう言い残して、もうひとつの部屋へと姿を消した。




