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僕とかぐや姫

 木々の葉も紅く染まりはじめ、夏の喧騒はどこへやら涼しい風の吹く季節となった。夏休み明けの試験も終わり、一旦落ち着きを見せた秋模様の学校はどこか寂しげだった。

 翁魅昇は、そんな校舎を誰も居ない放課後の屋上から見据えていた。

 夏のあの日。自分の知らないことばかりが立て続けに起こってついには自分の大切な人までも失った日。由美の話では次第に記憶から消えていくらしいが、昇の頭には鮮明にその出来事が記憶されていた。

「昇、ここに居たのか」

 ふと、背後から声をかけられた。振り返らないでも分かる。観月だ。

 観月はあのあとずっと地球に残り、月からの指令で警備員や校舎の損壊に関する後処理を請け負っていた。

「なぁ、観月。俺はいつ忘れるのかな……?」

 もう何度同じ質問をしたのか分からない。けれど、昇は不安と焦燥から聞かずにはいられなかった。

「分からない。ここ何日か月とも連絡が取れなくて。でも、警備員の記憶は消えたし、時間の問題かな……」

「……そっか」

 二人で並んでフェンスに寄り掛かり、秋空を見上げる。今ではすっかり日も短くなり、下校時間前のこの時間でもすでに辺りはは暗くなっていた。

「昇は、早く忘れたい?」

「…………」

 唐突に聞かれて、言葉に迷った。いつか自然と忘れるものだと思っていたせいか、自分の意志として考えたことはなかったからだ。

 けれど、聞かれてみると自分でも驚くほどにあっさりと答えは見つかった。

「俺は、忘れたくないな」

 笑顔を浮かべて、観月にそう言う。観月は、どうしてか知りたそうな表情を浮かべた。

「たとえ会えなくなっても、美保は俺にとって本当に大きな存在だったんだ。その事実は変わらないし、美保は実際に俺達と過ごしてきたんだよ」

 少し照れ臭そうに言う昇に、観月も思わず笑みを浮かべた。昇はさらに頬を紅く染めて続けた。

「それにさ、最近よく夢を見るんだよ」

「夢?」

「うん、なんだか暗くて広い空間に一人ぼっちでさ。どれだけ足掻いても何もできなくて。でも、最後には必ず観月や美保が手を伸ばしてくれる。だから俺は信じてるんだ」

「……?」

 昇の言わんとしていることがいまいちよく分からずに、観月は首をかしげた。そんな観月を見て、笑いながら昇は自信満々に言った。

「たとえ離れても、俺達は繋がってるんだって」

 言ってから、昇は恥ずかしそうに頭を掻いた。それを見て観月が微笑む。そこで、観月は思い出したように言った。

「今日は昇に言わなきゃいけないことが出来たんだ」

「え……?」

 少し深刻そうに、でもどことなく嬉しそうな観月の表情に、昇は不安な気持ちになった。

「実は──」

 観月が何か言いかけたところで、いきなり突風が吹く。あまりの強さにしばらく目を開けられないでいた。

「う……」

 風が止んだのを感じ取ると、ゆっくりと目を開ける。するとそこには、驚くべき光景が広がっていた。

「観月……あれは……」

「…………」

 昇が呟くと、観月は黙って頷いた。その顔は微笑を浮かべており、紫色の月明かりに照らされていた。

「──美保が帰ってくる」

「……!」

 その言葉を聞いた途端、昇は腰が抜けてしまった。その場に座り込んで俯く。観月は説明を続けた。

「今回の執行期間はあまりに大人しかったからってことで、仮釈放になったんだ。その間に地球に旅行だってさ」

「…………」

 昇は嬉しさで綻んでいた表情が一気に硬直するのを感じた。観月を見上げるが、至って平然な様子だ。

「な、なぁ……仮釈放ってことは、ずっと地球に居るわけじゃないのか……?」

「まぁ、そういうことになるのかな」

 平然とそう言われ、昇は硬いアスファルトの地面を思い切り叩いた。神はどうしてこうも飴と鞭を使い分けるのか。その理不尽さが、たまらなく悔しかった。

「あんた何してんの?」

「っ……!」

 不意に、誰かに話し掛けられた。昇はすぐに声の主を理解すると、顔を上げる。

「美保……」

「久しぶり!」

 美保はいつもと変わらない様子で笑って手を振った。観月は昇の肩を叩いて呟いた。

「せっかく会えたんだから、笑顔で居てやろう」

 その言葉に、昇は泣き崩れそうになった。

 そうだった。自分は自分なりに答えを出したじゃないか。美保を笑って迎えて笑って送るのがそれに従える一番の方法じゃないのか。

 昇は口元を緩めると、フッと笑って美保を見据えた。そして、言葉を紡ぐ。

「おかえり、美──」

「────」

 何が起きたのか分からなかった。自分は美保と密着、というより美保が自分に抱き着いてきていた。そして美保の唇は自分のそれに重ねられている。

 勢い余って後ろに転び、そこで美保も昇から離れた。頬が紅潮しており、そして、見慣れた満面の笑みを浮かべている。

「あーあ……また刑期が延びたね……」

 観月が苦笑いを浮かべながら呟いた。

「観月、それってどういうことだ……?」

 昇は観月の言ったことがよく分からず、眉根を寄せた。

「言わなかったっけ? 華紅夜の罪は地球人との不純異性交遊だって」

「へ……」

「美保、どこかで由美も見てるの分かってやったな?」

「なんのことかしらー?」

 観月の言葉に美保は楽しそうに笑うと、昇の方に向き直って言った。

「私ね、月で何回か華紅夜とお話したの。華紅夜にはずっと昔から地球に想い人がいて、その人の生まれ変わりを追ってずっと地球に留まったんだって」

「それって……」

 昇が何を言おうとしたのか分かったのか、美保は頷いて話を続ける。

「今回は運命だったのかな。華紅夜と華紅夜の器に選ばれた私。その二人の想い人が一緒だったなんて」

 美保は照れ臭そうに笑って、真っすぐに昇を見つめた。

「これからも、ずっと一緒に居ようね」

「あぁ、ずっと──」

「やれやれ、お熱いことで」

 三人で笑い合う。怪しく、しかし三人を祝福するかのようにきらびやかに紫色に光輝く月の下で。もう離れることはない、永遠を噛み締めながら、三人は歩んでいく。















 昔、竹取の翁という者がいた。彼はある日竹林で一人の少女を拾う。彼女は大変大切に育てられたが、本当は月の罪人であり、月に帰る日が来た。

 その数百年後、翁の子孫に会うために少女は地球を訪れ、二人は恋に落ちる。しかし刑期が過ぎれば彼女は月に帰らなくてはならない。

 そこで彼女は考えた。罪を繰り返せばいいと。

 そして何度も繰り返された時を越える恋。今、一人の少年がそれを手にした。名を翁魅昇。かぐや姫と翁の絆は、時を越えて強く結ばれていく。







Fin

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