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七、事の終結

「やれやれ。随分と待ちましたよ、華紅夜」

 由美は美保──華紅夜に近付くなり、まるで旧友に語りかけるようにそう言った。

「ふん、貴様か。言っておくが妾を月に返すのは何度やっても不可能じゃ」

 華紅夜は腫れ物に触るような面持ちで由美を一瞥してそう言い放った。対する由美は余裕の表情を浮かべていた。

「それはどうでしょうか?」

 由美はそう言うなり右手を高らかに挙げた。それに反応し、周りの者達が昇を取り囲む。

「なっ……」

 昇は突然の出来事に抵抗すら出来ず、あっさりと捕まってしまった。羽交い締めにされ、横から銃口を突き付けられる。

「お、おい……嘘だよな……? 観月……」

 昇は銃に怯えてすっかり引け腰になり、観月に助けを求めた。しかし周りの者達は観月よりも高官なのだろうか。観月は憎々しげに周りを見ているしか出来なかった。

「さぁ、大人しく月に帰りましょう? この者がどうなってもいいと言うのなら別ですが」

 昇こそが由美の切り札だったのだろう。すっかり余裕の表情になり、華紅夜を促そうとした。しかし、華紅夜はそれを一蹴した。

「ふん、この程度……」

 華紅夜がゆっくりと右手を前へ出す。辺りの空気がピンと張り詰めたかと思うと、次の瞬間少しだけ大気が震えた。

「な、何を……?」

 由美は何をされたのか分からずに辺りを見回した。すると、昇を羽交い締めにしていた者がフラリと倒れた。昇は解放されたが、銃を向けていた者の方を反射的に見た。しかし、その者もいつの間にかその場に崩れていた。

「すげぇ……」

 昇は一言呟くと、改めて華紅夜の方へと目をやった。華紅夜は何とも言えない表情で昇を見つめていた。二人の間に、何やら不思議な空気が漂う。

 昇は何となしに感じていた。美保とは違う感じこそすれ、華紅夜の雰囲気は以前に何度も感じたことがあると。

「お前はいったい……」

 昇が口を開いた瞬間、由美の怒号がその言葉を完全に掻き消した。

「お前達ぃ! 何としてでも華紅夜を連れて帰るのよっ!」

 その声に伴い、今度は一斉に華紅夜へと向かっていく。華紅夜は依然として余裕のある表情を浮かべていたが、途端に思い止まったようにその表情を崩していった。

「待った!」

 華紅夜の凛とした声が辺りに響き渡る。昇も観月も、由美さえも聴き入るほどの綺麗で透き通った声だった。

「妾は……月に帰ろう……」

 語尾が少し震えていたが、華紅夜は間違いなく『月に帰る』と自ら言った。その言葉に、周りの者達は皆、由美までも唖然としてしまった。

「……っ」

 昇の胸につっかえていた何かが、不意に取れたような気がした。自分は分かっていた。美保に出会った時からではなく。もっと遥か昔から。

 視界の隅では、今まさに華紅夜が由美に伴って船に乗り込むところだった。それを見た途端に、なんとも言えない焦燥感が昇の中に沸きだした。

「……を……えせ」

 ポツリと、呟く。そして次は、その言葉を確かにはっきりと届けるために息を大きく吸い込む。

「美保を返せ!」

「「……っ!?」」

 辺りの者達は突然の怒号に身を震わせたが、それが昇のものだと分かるとすぐに余裕の表情に戻った。

「お前らじゃ……話にならねぇだろうが……!」

 昇は走り出した。華紅夜の──美保のいる船の入口目指して全力で足を動かす。

「き、貴様……っ」

 すぐそばの三人が駆け寄ってきて昇の進路を断とうとしてきた。けれど、昇は止まることはなかった。

「どけぇぇえ!」

「ひ……っ」

 敵は昇の勢いに圧されて一瞬引いてしまった。昇はその一瞬の隙に潜り込む。

 昇の体躯が相手よりも小さいためか、勢いだけでなんとなしに脇をすり抜けて行く。

「くっ……こいつ……」

 一人が手を伸ばしてきたが昇は怯むことなく駆け抜ける。すると、それが発端となって周りの者は次々に絡み合い倒れていった。

 昇はそれを後ろ目に確認すると、前方──美保の居る場所を見据えた。あと数歩、走れば届く距離だ。

「ちっ……使えない奴らね」

 由美は憎々しげにそう吐き捨てると、美保──もとい華紅夜の方を見た。

「行くわよ。いつまでも居られないわ」

「……あぁ」

 華紅夜は何かを懸念する表情を浮かべながらも由美の言葉に頷いた。

「させねぇ!」

「……っ!」

 いつの間にたどり着いていたのだろうか、昇が華紅夜の腕を掴んだ。由美も華紅夜も呆気に取られ、昇は華紅夜を引っ張り由美から距離を取った。

「翁魅君、あなた……」

「分かってるさ!」

 由美がなにやら文句を漏らしかけたが、昇の声がそれを掻き消す。それが気に入らなかったのか、由美の表情が険しいものになっていく。

「華紅夜は罪人なのよ!? 助けられる立場じゃないの!」

「立場の問題じゃねぇ!」

「だいたい華紅夜は月の住人なの! 地球に留める意味もないでしょう!?」

「意味なんかどうだっていいんだよ!」

「あなた……自分のしてることの重罪さ分かってるの!?」

「分かってる!」

「……っ」

 昇の解答に由美は押し黙ってしまった。二人は険しい表情で睨み合う。

「はぁ……」

 その均衡を先に破ったのは由美だった。腰に手をあてて頭を垂れる。

「翁魅君、あなたはどうしてそうなの……?」

 昇は自分が何を聞かれているのか分からなかった。ただ由美の言葉がそこらじゅうに響き渡るのみだ。

「あなたは……」

「お前ら何してる!?」

 由美の言葉を遮って年配の男性の声が響いた。声のした方を向くと、警備員のおじさんが懐中電灯片手にこちらを見ていた。どうやら大きな船と明かりで見つかったらしい。

「……っ。今よ!」

 由美の声を火蓋にしてウサギの面を被った者達が警備員に向かって走り出す。いっきに取り囲むと、数秒の沈黙の後に彼らは走って船に入って行った。

 彼らが離れた場所では、何が起きたのだろうか警備員が横たわっていた。

「……っ。しまった」

 昇がそれに目を奪われているうちに、由美は美保を連れて船に乗り込んでしまった。

「邪魔だ!」

 ウサギの面を被った者の一人に突き飛ばされ、昇はその場に尻餅をついた。

「み、美保!」

 強く腰を打ったせいか立ち上がれず、昇はその場で悲痛に叫んだ。

 船の中では美保が何やら叫んでいるが、ガラスが厚いのもあってこちら側には聞こえなかった。

 大きな音を立てながら、船が浮かぶ。月では技術が発展しているのか、ロケット装置などは見られず重力に逆らってただ浮いているようであった。

「美保……」

 昇の声がだんだんとひ弱になっていく。その隣では、観月がただ黙って立ち尽くすだけであった。

 突然、船の底が開いてスピーカーのようなものが出現してきた。スピーカーは昇と観月に向けられている。そこから由美の声が響いた。

『弓原監視官、貴方には別途特秘指令を後ほど通達するので待機しなさい。翁魅君』

 由美に名前を呼ばれた途端に、昇の顔が緊張した。そんなことは尻目に、由美の言葉は続けられる。

『華紅夜のこともいずれ貴方は忘れるわ。辛いのは今だけと分かってちょうだい』

 昇は心をごっそり持っていかれたような感覚に陥った。美保とはもう会えない。その現実だけが昇を押し潰してしまいそうなほど彼に重くのしかかっていた。

 二人が反応をしないままでいるとスピーカーは速やかに船底に収納され、船は徐々に上昇をはじめた。

「昇……ごめん……」

 観月がポツリと呟いた。昇は黙って首を横に振ると、じっと船の行く末を見つめた。

 観月は屋上に上がる前、昇との会話を思い出していた。




「なぁ、観月」

 昇は今までにないくらい真剣な眼差しで観月を見つめた。

「……?」

 観月は昇が何を言わんとしているのかよく分からずに、次の言葉を待った。昇は静かに、一言一言を丁寧に伝えた。

「俺はやっぱり……美保のことが好きだ」

 それを聞くと、観月は安心したような表情を浮かべた。昇はそれを見て少し不思議そうに観月を見た。

「キャラじゃないのは分かってるけど微妙な顔すんなよ」

 少し拗ねたように言うと、観月はフッと口元を緩めて言葉を出した。

「知ってたよ、そんなこと。ずっと前からな」




 もう夜空に消え入りそうな船を食い入るように見つめ、昇は動こうとしなかった。観月の中では申し訳なさが溢れ出す。

 どうして自分は止められなかったのか。どうして昇を傷つけてしまったのか。どうして美保が傷ついてしまったのか。どうして自分はこんなにも悔やんでいるのだろうか。

 観月がそんなことを考えていると、昇はスッと立ち上がり観月を見た。なんだか吹っ切れたような、すっきりした面持ちであった。

「観月、帰ろう」

 笑顔でそう言うと、昇は警備員を担いで階段室へと消えていった。観月は拭い切れない思いを抱いたまま、昇の後を追った。

 空には星が瞬いていたが、紫色の光も、月さえもがその存在を消してしまっていた。

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