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五、事の真相

 昇と美保は金網にしがみついて観月の示す方向──南棟を見た。観月の言う通り、そこにはローブに身を包んだ不審者の姿があった。

 そして何より二人が驚いた事態があった。

「観月、喋ったのか?」

「なんで今まで黙って……」

 二人が問いただそうとしたところで観月は歩き出してしまった。

「とりあえず、まずは泥棒のことだな」

「……そうね」

 三人は泥棒に存在を悟られないように南棟へと向かった。



 紫色に照らされた校舎内をしばらく進み、三人は廊下の先に泥棒の姿を見つけた。

 三人がいるのは南棟の二階にある廊下へ入る角。泥棒は何かを探すかのように辺りを見回しながら廊下を階段の方へと歩いていた。

「ここからどうする?」

 昇が小声で二人に聞く。二人は少しだけ思考を巡らせ、やがて美保が答えた。

「じゃあ、私と昇が一旦下の階に下りてから回り込んで、そこから挟み撃ちは?」

 美保の提案に昇と観月は顔を合わせてから頷いた。そこで、昇が突然口を開いた。

「そういえば、なんで俺と美保なんだ?」

「それは……プラマイゼロになるから?」

「……そーかい」

 聞いた俺が間違っていた、とでも言わんばかりに落ち込む昇の横では、観月が呆れたように肩を竦めていた。

「と、とにかくっ。やるからには成功させるわよ」

 美保の締めで会話は打ち切られ、美保と昇は階段を下るために廊下を泥棒とは逆の方向へと進んで行った。



「でも、驚いたな」

「何が?」

 声を潜めながら話しかけてきた昇に、美保も声を潜めて答える。

「観月がさ、喋ってるの見たことないから」

 昇がそう言うと、美保は特に気に留める様子もなくさらりと答えた。

「あぁ、昇は見たことなかったんだ」

 あまりに当たり前のように言うので、昇は少し上擦った声で聞いてしまった。

「『昇は』ってことは、美保は見たことあるのか?」

「うん。でも、かなり前のことだよ? だからさっきは久しぶりすぎて驚いたけど」

 美保は楽しそうに笑った。なんだか昇は、二人と自分の間に見えない壁を突き付けられた気がして一瞬眉をひそめてしまった。

「よし、階段に着いた。じゃあ泥棒捕まえるよっ」

 楽しそうに階段をゆっくりと、敵のアジトに侵入したスパイを意識したような素振りで上っていく美保の後ろ姿を見ながら、昇は複雑な感情に苛まれてしまった。

「なんだろうな……これ」

 壁に背を預けながら額に手を当てて、独り呟く。

 以前は一度もこんなことはなかった。初めて感じたのはいつだったろうか。意識したのはさっきだ。もしかしたら昔から持っていたのか。分からなくなる。もしかすると自分は……。

「昇ー? 何してんのー?」

 階段の上から美保に話しかけられてハッとする。頬を二、三叩いて意識を前に向けた。

「なんでもない。すぐ行くから待ってろ」

 少し語尾が強くなってしまったが、下を向いて階段を駆け上がり何事もなかったように美保の隣に立つ。

「よーし、じゃあ行くよっ」

 美保の合図をきっかけに、二人で廊下の角から飛び出す。泥棒はまだ、二人の存在には気付いていない。



「…………!」

 角から泥棒の様子を監視していた観月は、向こう側の角から美保と昇が飛び出すのを確認した。

 泥棒は今扉に鍵を宛てがって正しい鍵を選別している途中で、二人の存在に気付いてはいなかった。

 そしてふいに、二人の存在に気付くと作業を中断してこちらにやってきた。ここまで計算通り。あとは、観月がいかに泥棒を足止めできるかだった。

 美保に無理矢理友達にされた日、またもや美保に無理矢理空手を習わされた。そして最終的には截拳道もやらされた。ここで自分の器用さが嫌になる。一月あまりで大人に匹敵する実力を身につけたからに、たまに美保の組み手に付き合わされるのである。

 そう考えていると、泥棒が自分の間合いにまで近付いてきていた。

「…………っ」

 泥棒が走りながら拳を突き出してきたので、右手で小さく払い上げて胸元を開ける。そこに身を捻るように左手で掌底を入れる。

「…………!?」

 しかし泥棒もそれを読んでいたのか、左腕に遮られる。さらに左腕を返されて左手を掴まれると、一気に引き寄せられて右肘のカウンターを腹部に受けてしまった。力が入らず、その場に膝を着く。

「観月!」

 やっと追いついた昇達を一瞥すると、泥棒はローブを翻して走り去った。

「追うぞ……!」

 観月は膝が震えていたが、なんとか立ち上がり声を搾り出した。昇と美保はそれを見て、黙って頷いた。

「よし、行こう!」

 三人は泥棒の後を追うように下り階段に入っていった。



 南棟一階の廊下に入ると、泥棒の姿は体育館へ続く廊下へと消えて行った。三人はただひたすらその後ろ姿を追って走っていた。

「昇っ……もっと速く走れないのっ……?」

 美保がじれったそうに昇に話しかける。昇も二人について行くのが精一杯で、やっとのことで声を絞り出した。

「待っ……これっ……限っ界……っ」

「あーもうっ」

 美保は我慢ならないといった様子で、おもむろに昇の手を掴んだ。昇は何が起きたのかと一瞬身構えたが、状況を理解すると美保の顔を見た。

「これなら少しは楽になるでしょっ」

 美保は昇の顔を見ようともしないで手を引いてペースを上げはじめた。その隣で観月が呆れ顔になっていたのを昇は理解できなかったが。

「観月っ……どうっ……した……んだ?」

 昇は息が上がって喋りにくかったが、観月の表情がどうしても気になったのでつい聞いてしまった。

「……若気の至り」

 観月は口角を僅かに上げてそうとだけ答えると、また前を向いてしまった。

「あっ……!」

 突然、美保が立ち止まって大声を出した。何事かと昇と観月が顔を見合わせると、美保は恐る恐る口を開いた。

「泥棒、見失っちゃった」

  美保が力無く前方を指差してそう言うので、昇と観月もその差し示された方を見る。確かに、先程まで自分達が追っていた背中はどこにも無かった。

「こりゃあ……逃げられるかもしれないな」

 昇が独り言のようにそう言った時だった。美保が先程とは打って変わって上擦ったような明るい声を上げた。

「あれっ……!」

 美保はさっきと同じ方を指差しているようだった。二人は同じようにその先を目で追った。その先には……

「あら、三人とも揃ってどうしたの?」

 昇達のクラスの委員長を務めている、倉月由美その人であった。

「あぁ、いや。ちょっとね。ところでさ、委員長、誰か怪しい奴を見かけなかったかな?」

「怪しい奴……?」

 昇が言うと、由美は顎に手をあてて思考を巡らせる動作を取った。途端に、昇の視界が由美から天井へと変わった。そしてその鼻先を、何かがものすごい速さで掠めた。

「え……?」

 気がつくと、昇は地面に背中から転がっていた。何が起こったのかと首を持ち上げると、自分に被さるように倒れている観月と、右手を振り抜いた格好のままこちらをじっと見ている由美が見えた。

「この……っ!」

 美保が昇を跨いで由美との間に割って入り、中段蹴りを入れようと足を振り上げた。

「……っ」

 しかし、その足は観月によって止められてしまった。

「観月、どうして……! 由美が泥棒なのよ!?」

「…………」

 観月は何も言わず、さらに美保と由美の間に入った。しばらくの沈黙が辺りを包む。

「その様子だと、何も話してないみたいね……」

 その静寂を破ったのは由美だった。昇と美保は首を傾げていたが、観月だけはその言葉の意味が分かったようだった。

「黙れ……っ」

 威圧するように由美を睨みつける観月。こんな姿は初めて見たのか、二人とも緊張の面持ちで観月を見ていた。

「ちょうどいい機会だし、私から話すわ」

 由美は一歩下がって窓の方を見ると、どこか怪しげで妖艶な笑みを浮かべて紫色に輝く月を見つめた。

「あの月は、いわばサインなのよ」

「サイン……?」

 美保が確認するように復唱した。観月も腹を括ったかのように黙って事の成り行きを見守っている。

「五十年に一度だけ、月と地球が繋がる日があるの。もちろん、公にも裏にも、知っている地球人は居ないわ。あの光はそのサインを意味するの」

「月と地球が繋がる……?」

「地球人て……」

 昇も美保も、あまりの話のスケールの大きさに度肝を抜かれていた。ただ一人、観月だけが由美の言葉を静かに待った。

「地球は、言うなれば月の民の牢獄なの。月で罪を犯した者は地球へと強制転移させられ、五十年の懲役を課せられるわ」

 由美は窓に歩み寄り、今度はどこか物寂しげな表情を浮かべながら言った。

「その話が、泥棒と何の関係があるんだよ……?」

 昇は由美の話が一旦区切れを迎えたと解釈すると、気になったことを聞いた。すると由美は、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにニヤリとした。

「まだ分からないの? 翁魅君鈍いのね……」

 いつもと変わらない笑顔。しかし、その裏には何かとてつもなく黒いものを感じて仕方がなかった昇は一瞬たじろいだ。

「それから、泥棒っていうのはやめて欲しいな。私はこれでも看守長よ?」

「は……?」

 昇は意味が分からず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

「そこに居る月の罪人、華紅夜玲子を迎えに来たの」

 由美はそう言うと、おもむろに美保を指差した。当の美保は、わけが分からないといった様子で首を傾げていた。

「今まで監視ご苦労様、弓原一級看守官」

 由美はそんな様子の美保を尻目に、観月に微笑みかけながらそんなことを言った。昇が驚きを隠せずに観月を見る。

「観月……?」

「一つ言っておくわ。ここに居る四人の中、地球で生まれたのはあなただけよ、翁魅君」

「……っ!」

 昇はわけが分からず、その場に膝を着いてしまった。美保は呆然と立ち尽くすばかりで、観月も苦々しげに唇を噛み締めていた。

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