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マモンの場合

漆黒の大理石で設えられた執務室の前に立ち、私は身嗜みを整えた。年に一度の定期報告。けれど、今年に限ってはどこか誇らしく、足取りも軽やかだった。


重厚な扉を控えめにノックし、返事を待たずに静かに中へと足を踏み入れる。


部屋の中央、広大なデスクの向こうに鎮座ましますのは、我が敬愛する上司、ルシファー様。輝く金糸の髪に、深淵を溶かし込んだかのような漆黒の翼。相変わらず、息を呑むほどに完璧で美しいお姿だ。


「マモンか。この時期ということは今年の報告だな。頼む」


ルシファー様は顔を上げることなく、冷淡に言葉を投げかけてくる。配下の悪魔個々の事情など、虫の羽音ほどにも気にかけておられないご様子。だが、その冷徹さこそが至高であり、たまらなく愛おしい。私は沸き立つ感情を押し殺し、努めて冷静な部下の顔を繕って一礼した。


「はい。ここ数年試行している手法について、以前にも中間報告を差し上げておりましたが――愚かな人間の欲望を起点とし、単一の契約から芋づる式に複数の魂を回収するシステムを完成させました」


「覚えているぞ。お前の『欲望の魔弾(モータルバレット)』を使ったスキームだったな。選定した人間に殺戮の権利を錯覚させ、本人の魂のみならず、そいつの身勝手な殺意によって道連れとなった人間の魂まで根こそぎ奪い去る方法だ」


私の手腕を、あのルシファー様が記憶してくださっていた。その事実だけで、心臓の奥が甘く痺れるような歓喜で満たされる。


「ご記憶いただき光栄です、ルシファー様。人間という生き物は実に浅ましく愚鈍でして……放置しておけば、魂の対価として私の胸に触れさせろなどと、失笑を禁じ得ないくだらない要求を喚き散らす下劣な輩ばかり。本当に辟易といたします」


思わず口元を歪めて愚痴を漏らす私に、ルシファー様は微かに口角を上げられた。


「だからこそ、我々の商売も繁盛するというものだ。天界の偽善者どもを出し抜くためにも、魂の総量は常に確保せねばならん。今年のノルマも上々のようで重畳だ。来期も頼むぞ」


「は――」


感謝の言葉を紡ごうとした私の目の前で、ルシファー様はすでに視線を落とし、デスクに広げられた羊皮紙の精査へと意識を戻されていた。もう、私という存在は彼の視界の端にすら残っていない。


そう、私とルシファー様を繋ぐものは、どこまでいっても乾いた仕事の契約関係だけだ。だからこそ、この魂の収穫実績こそが、彼と言葉を交わし、その尊顔を仰ぎ見ることができる唯一の細い糸なのだ。


「ありがとうございます。これからも、ルシファー様の御心に沿えるよう尽力いたします」


深々と頭を下げ、名残惜しさを噛み殺しながら静かに部屋を退出した。


重い扉が閉まり、静寂に包まれた冷徹な回廊を、自室へ向けてゆっくりと歩き出す。胸の奥で、黒く煮えたぎる執着が急速に膨れ上がっていくのを感じていた。


もっと、人を殺させなければならない。


もっと大量の愚者を、あの理不尽な全能感という名の甘い毒に溺れさせ、現世を地獄へと変えさせなければ。天界の取り分など塵芥に変え、ルシファー様を満たすほどの魂の山を築き上げなければならないのだ。


そのためなら、どれほどの下劣な人間の妄執に付き合うことなど造作もない。


廊下の角を曲がりながら、私は紅い唇を三日月のように歪めた。


さて――次は、どんな惨めで醜い欲望を抱えたゴミを選んでやろうか。


獲物の目星は、もうすでに付いている。

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