9話
「怪我とか、大丈夫ですか?」
俺は目の前にいる女性に声をかけた。
背中まで伸びた黒髪は、戦闘の後だというのに艶があって、やけに目を引く。
「う、うん。ない、と思う!」
彼女は少し慌てた様子で、指先で髪をいじりながら答えた。
「そっか。良かったです」
そのタイミングで、彼女の仲間らしき人たちが岩陰から姿を現す。
俺が戦っている間、身を潜めていたんだろう。
「あんた、強いんだな」
筋骨隆々の男が、素直にそう言った。
「あはは。そんなことないですよりそれより、地上まで送っていきましょうか?」
「おお、助かる。よろしく頼む」
皆かなり消耗している様子だ。
この状態で無理をさせるより、護衛してしまった方が早いだろう。
倒れているリーダーらしき男を担ぎ、俺たちは歩き出した。
少し進んだところで、黒髪の女の人が俺の隣に並ぶ。
「あのさ……私たち、お金とか無いんだ。だから、その……助けてもらった報酬は、あんまり期待しないでほしくて」
「え?」
思わず声が出た。
「あはは。報酬なんて要らないよ。たまたま通りかかっただけだし」
「……そっか。あのさ、君、名前なんて言うの?」
「ウォルファ。君は?」
「私はマルタ。今さらだけど、助けてくれてありがとう」
マルタか。
見たところ、まだ駆け出しの冒険者だろう。
だけど、彼女の内側にはかなり豊富なマナが眠っている。本人はたぶん気づいていない。もしこのマナに自覚があるならば、スケルトンごときに手間取らないはずだ。
他愛もない話をしながら、俺たちは地上へと戻った。
途中ですれ違った冒険者たちも、皆疲れ切った顔をしている。
久しぶりに日光を浴びたマルタたちは、ほっとしたように笑った。
この洞窟の近くには、エールという街がある。
そこまで行けばひとまず安全だが、念のため護衛は続けることにした。街道に、魔物は絶対出ないわけじゃない。
肩がきつくなってきたので、俺は担いでいた男を持ち替える。
「ねえ、ウォルファって貴族サマなの?」
街道を歩きながら、マルタがそう聞いてきた。
「え? 全然違うよ。どうして?」
「そのネックレス。すごく高そうだから」
マルタの視線が、俺の首元に向く。スノームーンからもらった、大切な首飾りだ。
彼女は、今でも俺を覚えているのだろうか。たまに気になってしまう。
「昔、友達からもらったんだ。その人は……まあ、確かに貴族かな」
帝国の内務卿の娘。
冷静に考えなくても、だいぶ大貴族だ。
「ふーん。その人、女?」
「まあ、そうだね」
「……そっか」
なぜか、そこで会話が途切れた。
空気が微妙なので、俺は話題を変える。
「そういえば、マルタは魔法の勉強ってしたことある?」
「全然。独学だよ」
やっぱり。
独学で魔法を発展させるのは、それこそ天才にしか出来ないことだ。
だけどマルタは、正しく学べば確実に化けるはずだ。
「もったいないな」
「しょうがないでしょ。うち、貧乏だし。勉強の費用とかは出してくれいの」
そこで、俺は一つ思いついた。
「ルナーティアの魔導学園、知ってる?」
「る、るな……? ごめん、地理あんまり詳しくなくて」
俺は腰のポーチから、折りたたんだ地図を取り出す。
片腕は塞がっているので、マルタに手渡した。
「開いてみて」
地図が広がる。
「今いるのが、ここ。エール。で、ここからずっと北に行くと……」
指を上に滑らせると、そこに名前があった。
「ルナーティア王国。魔法が発展してる国だよ」
「ふーん。そんな場所、あるんだ」
「マルタ、君は特別なマナを持ってる。ちゃんと学んだ方がいいよ」
マルタは目を丸くする。
「私が? 本当?」
「本当だよ。魔法を学ぶと、他人のマナがなんとなーく見えるようになるんだ」
戦闘で出力をミスったばかりなので、少し説得力は弱いけど。
「ウォルファって、近接もできて魔法も使えるんだね。すごいな……」
「いやいや。もっと強い人はいくらでもいるよ」
そんな話をしているうちに、石壁に囲まれた大きな街が見えてきた。
エールの街だ。酒で有名な場所。
俺たちは門を潜り抜けて、人が賑わう門前の広場に到着する。
「よし、ここまで来れば大丈夫かな。それじゃあ、またね」
軽く別れを告げて、背を向けた瞬間。
――服を掴まれた。
「え?」
振り返ると、マルタが真っ直ぐと俺の目を見ている。そして、服を掴む手は震えている。
「あの……私も、一緒に冒険できない?」
予想外だ。ただ、俺は人狼だし、長く一緒にいればいずれバレる。辺境育ちだけそうだけど、念には念を入れないといけない。
ここは断るべきだ。
「ごめん。俺、基本的に一人旅なんだ。だから無理だよ」
「ちょ、ちょっとでいいから! それに……魔法、教えてほしい」
「……」
俺はつい黙ってしまう。
「駄目だったら諦めるから。お願い」
さっき会ったばかりなのに、すごい熱量だ。でも、その目は本気だった。
少し考えて、俺は息を吐く。
「分かったよ。ルナーティアに行くまで、魔法の訓練をしよう。俺も、そこに行く予定だったし」
マルタの顔が、一気に明るくなる。瞳は輝いていた。
「ありがとう!」
ただ一つ、気になることはある。
この子、今のパーティはどうするつもりなんだろうな




