8話
私――マルタは、子供の頃から冒険者に憧れていた。
私の村は男児優遇が当たり前で、女の子の私は何もさせてもらえなかった。
だからこそ、村を合法的に出られる冒険者という仕事は、夢そのものだった。
外の世界は、幼い私にとって眩しすぎる場所だった。
けど、現実はまるで違った。
私は剣の才能も、魔法の才能もない。
必死で身につけたのは、簡易的な治療魔法と炎魔法だけ。
誰でも使えるようなそれを、必死にアピールして、ようやく入れてもらえたのが、この弱小パーティだ。
そして今。
その弱小パーティは、全滅寸前だった。
ゴブリン討伐を続けて調子に乗った私たちは、実力を完全に見誤った。
結果、スケルトンの巣窟で宝物を探す依頼を引き受けた。それから現在、ダンジョン三層。
ここまで来るのに、魔力も魔道具も使い切った。つまり、帰る余力すらないのだ。
リーダーは二十代半ばの男。普段は穏やかなくせに、今はクソ野郎だ。
「あーもう! お前が前に出すぎるからポーション切れたんだろうが!」
「はぁ!? 俺が守らなきゃとっくに死んでたろ!」
はぁ。私はこんな馬鹿な口論を見るために村を出たんだっけ。
そう思っていると、リーダーが私を睨んできた。
「お前もなんか言えよ! 役に立たねぇ魔法ばっか使いやがって!」
「はいはい、ごめんなさーい」
めんどくさ。
そっちだって身の丈に合わない剣を猿みたいに振り回してるだけだろ。
「舐めてんのか、ゴミ女が……!」
「ねえ、今それ言ってる場合? 帰り方考えるのが先でしょ」
すると、仲間全員が口々に文句を言い返す。もうダメだな、これ。
せめて自分だけでも生き延びる方法を考えようとして、立ち上がったその時。
リーダーの右腕に、矢が突き刺さった。
「……え?」
「うあああああ!!」
倒れ込むリーダー。
クソ野郎だけど、別に死んでほしいわけじゃない。
私は駆け寄り、治療魔法を使う。でも、マナはほとんど残っていない。これじゃ擦り傷程度しか治せないだろう。
「早く! 岩陰に隠れて!」
仲間の戦士と一緒にリーダーを運ぶ途中、目の前に、骨が降ってきた。
バラバラだった骨は、瞬く間に形を成す。
「グルルル……!」
それは虎の形になるりしかも一体じゃない。四匹もいる。
……あ、これ詰んだ。
マナなし。武器壊れてる。リーダー気絶。本当に、終わった。
一匹が、私の頭を狙って跳ぶ。
反射的に目を閉じ――
「……え?」
痛みは、なかった。
目の前にいたのは、銀髪の男。1メートルを軽く超えるような巨大な戦斧を、片手で持っている。
「あ、大丈夫ですか?」
振り返った顔は、信じられないくらいカッコよかった。赤い瞳が、心配そうにこちらを見る。
「だ、大丈夫……です」
最悪の状況なのに……ていうか、一目惚れとか、私ほんとどうかしてる。馬鹿しかしないものだと思ってた。
「俺がなんとかするので、安心してください」
年は……私と同じくらい?
死にかけてるのに、そんなことしか考えられない自分が情けなかった。
⸻
異世界に転生して、十五歳になった。
十歳の時、スノームーンと交わした約束から、もう五年。
紆余曲折あって、俺は冒険者になった。
今受けているのは、スケルトンの巣窟調査だ。どうやら魔法具が発生したようだ。
この依頼主、どうやら色んな場所に依頼書を配っているらしい。三層に到着するまでに、多くのパーティを見かけた。彼らもきっと、この依頼を受けたのだろう。
……で、目の前には全滅寸前のパーティ。
ていうか、この黒髪の女の子、めっちゃ美人だな。いやいや、今はそんなことどうでもいい。
「それじゃあ、少しだけ待ってて」
そう伝えて、俺はスケルトン狼に向き直る。
四匹。距離はそれぞれ三歩分ほど。
骨が擦れ合う音が、やけに大きく聞こえた。
最初に動いたのは、正面の一匹だった。
地面を蹴り、跳ぶ。
俺は戦斧を逆手に持ち替え、腰を落とす。
一瞬、狙いを定めて、それを投げる。
空気を切り裂く音がする。次の瞬間、狼の頭部が砕け散った。
骨が床にばら撒かれ、転がる。
だが、残り三匹は止まらない。
左右から二匹。
牙を剥き、同時に飛びかかってくる。
俺は一歩踏み込み、両腕を前に出した。肩と腕に衝撃。
食いつかれた。けど、ヴァロンの血を引いている俺の体は頑丈だ。
牙が鎧を噛み、骨がきしむ感触が伝わる。
まあこの通り、痛みを完全に遮断できているわけじゃないけど。
俺は体を捻り、二匹まとめて引き寄せた。
そして、最後の一匹を巻き込むように、腕にひっついている二匹を壁に叩きつける。
鈍い音。
骨が叩きつけられ、ひび割れる。
その瞬間だった。
風を切る音に、背筋が反応する。
振り向いた瞬間、矢が地面に突き刺さった。
射線からして、南西の崖の上だ。
俺は深く息を吸い、全身にマナを巡らせる。
体の奥が、熱を持つ。溜めすぎた、と気づいた時には遅かった。
「しゅ、出力間違えた!」
地面を蹴った瞬間、視界が跳ねた。体が前方へ弾き飛ばされる。
勢いよく崖が迫ってくる。
着地と同時に、俺は転がった。うつ伏せのまま、反射で跳ね起きる。
そして矢が来る。
一本、二本、三本。
俺はバツ印になるよう、腕を交差させた。
乾いた音がすると、矢は腕に弾かれ、地面に散る。まあ、この鎧は革製だけど特別な素材なんだ。
スケルトンたちの、次の矢を番える動きが見えた。
今だ。
俺は一気に距離を詰め、正面のスケルトンを蹴り上げる。
胴体が崩れ、骨が宙を舞う。
落ちてきた頭蓋骨を掴み、
振り向きざま、もう一体へ投げた。
衝突音。
骨が砕け、崖下へ落ちていく。
残り一体だ。
最後のスケルトンは、俺を見ていなかった。矢先は下を向いている。狙いは、さっきのあの美女だ。
「やめろ!」
矢が放たれる。
俺は足にマナを集中させ、地面を蹴った。
あまりの速度で、顔が裂けてしまいそうだ。
落下と同時に、矢が後頭部に当たる。刺さりはしなかったけど……
「痛っった!」
「うわぁ! い、生きてる……?」
黒髪の美女は目を白黒させる。
「あの野郎!」
俺は息を吐き、そこら辺に落ちている石を拾う。
そして狙いをつけ、投げる。
鈍い音と共に、崖上のスケルトンが崩れ落ちた。
「……ふぅ」
ようやく、終わった。




