4話
フォードとスノームーンが家に来てから、一週間が経った。
スノームーンはまだ床に伏しているものの、呼吸は幾分か穏やかになっている。
フォードの方はというと、俺と一緒に狩へ行ったり、家の手伝いをしてくれたりと、かなり動ける。
いつものように川で魚を獲っていると、フォードがふと尋ねてきた。
「ウォルファ君。君たちは……人狼なのかな?」
「んー……父さん、あんまり話してくれないんです。多分そうだと思うんですけど」
フォードは「そうか」と小さく呟く。
「人狼だったら、どうなんですか?」
俺がそう返すと、フォードは「まあ……」と歯切れ悪く言葉を濁した。
言えない理由があるのだろう。
「……さ、もう帰りましょう。暗くなってきた」
まるで話題を切り上げるように、フォードは立ち上がる。
思えば、両親はどんな経緯でここに住み、俺を産んだのだろう。
人里から離れた場所で暮らし、正体を隠す。どう考えても、深い事情がある。
そしてきっと、俺がしつこく聞かない限り、両親はその理由を語らない。
草原を抜けて、俺とフォードは帰宅した。
体についた雪や草を払ってリビングへ入ると、暖かい空気が肌を包む。
暖炉の炎は、体だけじゃなく心まで温めてくれる。
ふと部屋の隅に視線をやると――スノームーンが起きていた。
上半身を起こしている姿を見るのは、初めてだ。
「お、お嬢様!!」
フォードが駆け寄る。
「フォード……ここは?」
彼女の瞳は元の青色に戻っていた。毒は、体の中からけっこう消えているのだろう。
「ここは恩人様のお家です。あなたを助けてくださったのですよ」
スノームーンは俺へ視線を向け――「あっ」と何かを思い出したように声を漏らした。
「あなた、私を助けてくださった狼ですわよね?」
「え、うん。覚えてたの?」
「ええ。うっすら意識が残っていましたもの。あなたが狼の姿から人の姿に戻るのも見ましたわ。私、完全に気絶していたわけではありませんし」
やっぱりというべきか、口調は上品だ。
ただ、どこか“上から”なのが気になる。出自を考えれば当然だけど。
スノームーンが起きたのと同じタイミングで、弓の手入れを終えたヴァロンが戻ってきた。
「お、起きたじゃねーか」
ヴァロンは膝をつき、スノームーンの額に手を当てる。
「まだ熱があるな。しばらくここにいた方がいい」
「私……できるなら、ずっとここにいたいですわ」
唐突すぎる一言に、場が凍ったように静まる。
「お嬢様、あなたは次期当主になられるお方です。使命を果たしてください」
しばらくして、スノームーンは「ふっ」と鼻で笑った。
「冗談ですわ。……その、久しぶりに外の空気を吸ってきます」
彼女はふらつきながら立ち上がり、家の外へ向かう。
フォードが追いかけるより先に、なぜか俺の体が動いていた。
小走りで追うと、スノームーンは薪割り場の切り株に腰掛けていた。
「ねぇ。使命って、なに?」
ここは十歳の無知な少年らしく、無鉄砲に聞くのが正解な気がした。
「……さあ。なんなんでしょうね」
スノームーンはぶっきらぼうに答える。
俺は負けじと、彼女の前に立った。
「俺の使命はさ、狩をすること」
「……人狼のくせに、呑気ですわね」
その言い方が引っかかって、俺は思わず身を乗り出す。
「人狼のこと、教えてよ。誰も教えてくれないんだ」
「知らないんですの? 人狼は“神殺しの獣”と呼ばれていますわ。――私も詳しくは知りませんけど、はるか昔に大勢が殺されたそうですの」
いきなりスケールが跳ね上がった。
神殺しの獣。響きが最悪だ。
しかも“大勢が殺された”だなんて、両親が隠れて暮らす理由に繋がっていそうだ。
「立ち位置的には、犯罪者?」
「まあ、そうなりますわね」
スノームーンはさらっと言う。
「ただ、多くの人は人狼の存在を忘れたでしょう。生き残りは、あなたたちみたいに隠れているはずですから」
「そっか……。じゃあさ、君たちが人のいる場所に戻ったら、俺たちのこと言いふらしたりするの?」
彼女は悪い人には見えない。
それでも、家族が危なくなる可能性は無視できなかった。
「しませんわ。そういう類の報酬には興味ありませんもの。
それに、私は羨ましいんですの。自然の中を自由に駆け回るあなたたちが」
「……よかったらさ、君の家のことも聞かせてよ」
俺が隣に腰掛けると、彼女は嫌がるどころか、黙って少しだけ場所を空けてくれた。
「私の家はクリスティアル家。帝国の貴族ですわ」
「父は内務卿で、政権の中で二番目に偉い方ですの」
「そういう家に生まれた私は、作法、魔法、勉強……いろいろ強制されましたわ。……本当に、嫌ですの」
その言葉で、前世の記憶が刺さるように蘇った。
俺の父親は最難関私立の医学部を出た、いわゆるエリートだった。
けど、あいつは――日本一の国立医学部を逃したことに、とてつもないコンプレックスを抱えていた。
『お前は死んでも国立に行け』
父は毎日のようにそれを言った。
友人関係すら管理され、できないことがあれば、母の鉄槌が飛ぶ。
スノームーンの境遇に、重なる。
「じゃあ君、家が嫌でこんな場所まで来たってこと?」
「そうだとよかったんですけど」
スノームーンは大きくため息をついた。
「私は単純に留学ですわ。その道中で、たまたまあなたたちに助けられただけ」
「ふーん……」
「あら。自分から聞いておいて、その反応は紳士的ではありませんわ」
「あ、いや。ちょっと考えてただけ」
俺は少しだけ間を置いて、言った。
「ねえ、もしよかったら、完治するまで俺と遊ぼうよ。短い間だと思うけど、楽しいと思う」
同い年の女子に、こんな主人公っぽい誘いをしたことがない。小恥ずかしいけど、後悔はなかった。
「ふふっ。よろしくですわ」
初めて見たスノームーンの笑顔は――素直に、可愛かった。




