13話
当たり前だが、夜は静かだ。
昼間なら街道は人で賑わっているのに、今は俺たちだけが歩いている。
道中、マルタは隣でずっと魔法の練習をしていた。
訓練というより、形を変える感覚を身体に馴染ませているだけだ。まあ、それが一番大事だったりする。
魔法はとにかく使うことで身につけるものだ。案外、根性論でどうにかするものでもある。
……暇だし、次の段階に進めるか。
「魔法、次の段階にいこうか?」
マルタはぱっと目を輝かせる。
「やる!」
「じゃあ次は、“速度”をいじる」
「速度……?」
「そう。思い出してみて。今までの魔法、どれも同じ速度で飛んでない? 形は変えられても、速さは同じだと思うんだ。そこを変えよう」
マルタは試しに炎を何発か放つ。
どれも形は違うが、飛んでいく速さはほとんど同じだった。
「……確かに、同じだ。考えたこともなかった」
「俺は強化魔法が使えるんだけど、あれも速度の調整に近い。自分を覆うマナの“流れ”と“出力”を変えてる」
「確かに。戦闘中のウォルファ、速すぎてほんと見えないもんね……それで、コツとかあるの?」
「結局イメージだよ。体の中のマナの流れそのものを変える、って意識してみて」
マルタは右手を前に突き出し、難しい顔をした。
顔がだんだん赤くなっていく。
息を止めている。危ない。
声をかけようとしたその瞬間ーー
マルタの右手から、緋色の閃光が走った。
太い光線が一直線に伸び、遠くの岩を一撃で粉砕する。
「……っ」
俺は思わず息を呑む。
「すごい……けど、大丈夫?」
マルタは真っ赤な顔で、肩で息をしていた。
「う、うん。急に熱くなって……びっくりした」
「詠唱中に息を止めたらダメだ。マナが体の中で溜まり続けて、暴発しやすくなる」
俺は少し真面目な声になる。
「魔法の基盤は呼吸。どんな状況でも忘れないで」
「分かった。もう一回やってみる」
マルタは深く息を吸い、吐く。
呼吸に合わせて、手のひらを虚空へ向けた。
光が一瞬灯り、サッカーボール大の火の玉が、ゆっくり飛ぶ。
「よし。次は速くしてみて」
今度は小さな火の玉を複数。
どれも弾丸みたいな速度で、闇を裂いて飛んでいった。
「やった! 難しいけど、イメージ掴めたかも!」
「よし。じゃあ道中は練習しながら進もう」
そうして、俺たちは南へ向かって歩き続けた。
⸻
翌日、俺たちは沼地を渡っていた。
エールから南に一つ下った村へ向かう途中だ。
街道を使えば二日半。
だから森を突っ切ってショートカット……のつもりだった。
結果は完全に失敗だ。
沼地なんて通るべきじゃなかった。
膝下は粘る泥。
急ごうとすればするほど足が沈み、体力が吸い取られていく。
「もうやだ〜……べちゃべちゃだし歩きにくい!」
マルタは文句を言い続ける。
俺の判断ミスなのは否定できないが、正直うるさい。
「マルタ。ほら」
俺は背中を向けた。
「おんぶしてやる」
「ありがとー!」
マルタが背にしがみつく。
……いっぱい食べるくせに、意外と軽い。
そして、いつも装備に隠れて分からなかったけど、胸の圧がすごい。
いやいや、邪念を捨てろ俺!
「はぁ〜ウォルファの背中、あったかいね」
「じんろ……そ、そう?」
危ない。
一瞬、“人狼”と言いかけた。人狼は暖かいんだと、昔父が教えてくれた。
マルタとはだいぶ打ち解けてきたけど、正体はまだ話していないし、明かすつもりもない。
「ん? 今なんか言った?」
さすがに誤魔化しきれないか?
「ちょっと噛んだだけ。それよりさ。マルタの村ってどんな場所だった? 森に囲まれてるとか、そういうの」
一瞬、空気が止まった。
出会ってまだ数日だ。いきなり踏み込みすぎたかもしれない。マルタも村が嫌だと話したばかりなのに。
でも、マルタはぽつりと答えた。
「海の上にあったの」
「え? 海?」
「うん。浮かんでるとかじゃなくて、細い陸路が一本だけ繋がってる感じ。閉鎖的な村だったよ。
それで、風習とかは大嫌いだったけど……」
少しだけ、声が柔らかくなり、言葉を紡ぐ。
「水平線から太陽が出てくる瞬間は、すごく綺麗だった」
「そうなんだ」
地理的にも孤立してる。
閉鎖的になる理由も分かる。
「海か……そういえば、俺、見たことないかも」
転生してからずっと山暮らしだった。
日本は海に囲まれてたのに、こっちは巨大な大陸。海が遠い。誰もが海に行けるような地形でもないのだ。
「海は風がすっごい気持ちいいんだよ? いつか行こうよ」
穏やかな声だった。
「……そうだね」
そう答えて、俺は考える。
マルタとこの先、どう旅をするんだろう。
目的はルナーティアの魔導学園。
そこへ連れて行けば、たぶん俺はまた一人旅に戻る。
そんなことを考えていると、マルタの手が俺の首飾りへ伸びた。
「ねぇ、この首飾りをくれた子のこと、好きなの?」
心臓が跳ねる。
「いや。そんな関係じゃないよ。それに、彼女は帝国の貴族だ。俺は平民だし」
「そっか」
微妙な沈黙が落ち、俺たちは無言で沼地を進んだ。
しばらくすると、木々の隙間から陽光が差し始める。
沼地の終わりが見えてきた。
「はぁー……疲れた」
俺が息を吐くと、マルタが覗き込んできた。
「私、重くなかった?」
「重くない。……重くないけど、いつも背負ってるものよりは重い」
「リュックと比べないでよね」
「あはは、ごめん」
そして腹が減った。
「村に着いたら、何か食えるといいな」
森を抜けると、草原が広がった。
中央に川が流れ、その向こう側に村が見える。
「私、ここからは歩くから」
マルタを地面に降ろす。
両手が空くのが、妙に久しぶりに感じた。
色々あったが、目指すのは“依頼人”だ。
少しでも手がかりが残っているといいんだけど。




