10話
俺は現在、酒場の外で待っている。
マルタが仲間たちに別れを告げているところだ。
こんな唐突にパーティを抜けることになって、どんな反応をされるのか少し心配ではあるけど……まあ、あの子は気が強い。たぶん大丈夫だろう。
「やっほー」
背後から声がして、肩を軽く叩かれる。
「どうだった?」
「んー。みんな『あっそ』って感じ。そもそも加入して一ヶ月くらいだったしね」
「そっか。それじゃ、今日は休む?」
スケルトンの巣窟で魔道具はまだ見つかっていない。
報酬も高額だし、まだこの街を拠点にクエストは続けていくだろう。
「ううん。街の中、見て回りたいかも」
「そういえば、こういう大きな街は初めてなんだっけ?」
マルタはこくりと頷いた。
「よし。じゃあ夜まで遊ぼうか」
そうして俺たちは、エールの街を歩き始めた。
まだ出会ったばかりだし、距離感も探り探りだ。
会話は少なめだけど、マルタは楽しそうにあちこちを見回している。
「へい、そこのカップル! ワインどうだい!」
左から陽気な声が飛んできた。
見ると、ちょび髭のおじさんがワインの瓶を掲げている。
「あ、俺まだ十五歳なんで……って、マルタは?」
「私も十五だよ。ウォルファって同い年に見えないね」
それ、どういう意味だ。俺って老けてるのかな。いや、今はどうでもいい。
「ここはルナーティア国領じゃねぇし、年齢なんて関係ねぇよ?」
おじさんは、にやりと笑って瓶を近づけてくる。
「じゃあ、私飲んでみようかな?」
「いや、やめとこう! おじさんありがとう!」
俺は慌ててマルタの腕を掴み、その場を離れる。
「どうしたの?」
マルタはキョトンとした顔でこちらを見つめる。
「こういう露店の酒は危ないんだ。何が入ってるか分からない」
「そ、そうなんだ……ありがとう」
やっぱり地球でも異世界でも変わらない。悪い商売は、世間知らずを狙う。
「どうやって見分けるの?」
「ラベルがなかっただろ? ああいうのは大体怪しい」
「へぇ……勉強になるね。ごめんね」
「いいよ。さ、他も見て回ろう」
それから、俺たちは串焼き屋や菓子屋を巡って、腹を満たした。
驚いたことといえば、マルタがけっこうな大食いであることだ。俺もこの肉体を持ってから、だいぶ食いしん坊だなとは思ったけど、マルタはさらに食べる。
パンケーキの4枚重ねを一人で食べた時は、思わず乾いた笑いが出てしまった。
他にも、服屋では特に大変だった。
マルタが美人だから、店員たちがこぞって服を勧めてくる。
金貨二十枚の服を出された時は、さすがに即断ったけど。
空が暗くなった頃、俺たちは宿屋に到着した。
二部屋借り、それぞれの部屋へ向かう。
エールの宿には浴槽はないが、シャワーはある。
魔術式を組み込んだ簡単なもので、魔法で作られたものだし水は汚れてない。水道とかから水を引っ張り上げる必要がないという点で、地球のよりもかなり便利に感じる。
シャワーを浴び終え、俺はベッドに倒れ込む。堰き止めていた疲れが、波のように押し寄せてくる。
「はぁ……疲れた」
まさか、こんな形で仲間ができるとは思わなかった。
いや、仲間……というより、ルナーティアまでの同行者なのかな。
ぼんやりと考えていると、頭に色々なことが浮かぶ。
家族のこと。
俺は今でも二ヶ月に一度は家に戻っている。
冒険者になりたいと言った時は猛反対されたけど、話し合いの末、今がある。
リーアは相変わらず元気だ。でもヴァロンは、最近体調が良くない。
まだ四十三歳なのに、もう狩に出られる体力は残っていない。今では家の中で弓をいじったり、本を読む生活を続けている。
俺が旅をしているのは、ただの自己満足じゃない。まあ、もちろん外の世界を旅をしたいという欲望もあるけど。
父を治す手がかりを探すためでもある。
欠伸をした、その時だ。部屋の戸が叩かれる。
「マルタかな?」
重い体を起こして扉を開ける。そこにいたのは、湯気が残っていそうなマルタだった。顔は火照っていて、頬は光を反射している。
……なんというか、艶っぽい。
「どうしたの?」
「魔法の勉強。してくれるんでしょ?」
そういえば、約束してたな。旅の同行を許可した以上、ちゃんと約束は守らねば。
「よし。じゃあ今使える魔法、見せて」
俺はそう言って、部屋全体に結界を張る。
魔法の暴発対策だ。これがあれば、炎や雷の魔法で部屋が燃えることはなくなるはず。
「いいの? こんなところで」
「大丈夫。結界張ったし」
マルタは両手を寄せ、その間に炎を生み出す。
勢いよく放つが、結界がきちんと受け止めた。もちろん、壁に傷一つもない。
「これと、普通の回復魔法くらいかな」
「なるほど。君がその二つの魔法を使えること、元パーティは疑問に思わなかった?」
「え? だって威力しょぼいし」
「まず、攻撃と回復を両方使える人は少ないんだよ。普通なら皆んな一種類なんだ。俺も強化魔法しか使えないし」
魔法には召喚、攻撃、防御、強化……他にも様々な種類があるけど、基本的に一人の人間が扱えるのは一種類までだ。
二つ扱える時点で、十分おかしい。
「あ、そうなんだ。えへへ、じゃあ私、結構すごい?」
分かりやすく喜ぶな、この子。
「そうだよ。まずは攻撃魔法を伸ばそう。俺、回復魔法も攻撃魔法も、どちらも専門外だけど、攻撃魔法の方はなんとなく分かるし」
「うん、分かった!」
その後、夜中にも関わらず魔法の訓練が始まった。
術式は難しいから後回し。まずは形を変える練習だ。
普通の火の球を、キューブ状にしたり剣の形にしたりする練習だ。形を変えるのは、魔法を使っていく上で必須のテクニックだ。
二時間ほどで、マルタは簡単に形を制御できるようになった。短気な人と勝手に思ってたけど、随分と我慢強くて集中力のある人だ。
「はぁ……疲れた!」
そう言って、マルタは俺のベッドにダイブする。
「あの、それ俺の……」
言い終わる前に、もう寝ていた。
恐ろしく早い入眠だ。




