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飛行機のお兄さん

作者: 口羽龍

 ここは鹿児島の知覧。薩摩半島の中央部にある町だ。ここは武家屋敷があり、お茶が名産品だ。だが、もう1つ、有名なものがある。それは、特攻隊の基地だ。特攻隊は太平洋戦争末期にあった日本空軍の部隊だ。片道分の燃料と大型爆弾を積んで、飛行機ごと敵艦に体当たりする。当然、助かる事は考えておらず、パイロットは死ぬ事前提で飛び立つという。特攻によって、多くの若者が死んでいった。だが、事態は急転せず、1945年8月15日、日本は終戦を迎え、日本は負けた。本当に特攻隊はあってよかったんだろうかと思う人も多い。


 そこに住む90歳の老人、忠次ただつぐはある写真を見ている。それは白黒の写真で、そこには忠次の少年時代の忠次が映っている。そこの横には、空軍の服を着た青年がいる。


「へぇ、忠次さんの少年時代の顔って、こんなんだったんだ」


 横にいる孫のそらは、青年が気になった。この青年は一体、誰なんだろう。全く聞いた事がない。ハンサムな青年だな。誰だろう。


「忠次さん、この人、誰?」

「ああこの人、間瀬一郎さんという人。昭和20年に知り合って、とても仲が良かったんだよ。僕は、一郎兄ちゃんと言ってたな」


 その男、間瀬一郎ませいちろうは香川県からやって来たという。父親はうどん職人で、一郎は後継ぎになるのが夢だった。だが、太平洋戦争によって日本軍に召集され、戦わざるを得なかった。一郎は空軍として国のために頑張っていた。そして数日前から知覧にやって来たという。知覧には最も沖縄に近い空軍の基地があり、日本最大の特攻隊の基地があった。


「そうなんですか? 気になるんですか?」


 だが、忠次は少し悲しい表情になった。どうしてだろう。この写真にはつらい思い出があるんだろうか?


「ああ。でも、この写真は、最後のツーショットなんだよ」

「どうして?」


 宙はその理由が気になった。こんなにさわやかなのに、何にも体が悪くないのに、どうしてだろう。


「明日、一郎兄ちゃんは飛び立ったんだ、敵艦に向かってね」


 そして、忠次は一郎との友情の話を語り始めた。




 春ごろになって、知覧にある男がやって来た。間瀬一郎だ。一郎は香川県からやって来た青年だ。富屋食堂によく顔を見せ、みんなから人気があった。特にその他に親しかったのが、忠次だった。忠次はいつも遊んでくれる一郎が好きで、『一郎兄ちゃん』と言っていた。一郎はそんな忠次に優しく接していて、年齢差を超えた友情で結ばれていた。


 ある日、国民学校の帰り道で、忠次は一郎に出会った。まさか、ここに来ていたとは。どうしたんだろう。忠次を見つけると、一郎は反応した。


「よぉ、忠次」

「一郎兄ちゃん!」


 忠次は嬉しかった。また一郎と出会ったからだ。その様子を、同級生はうらやましく思っていた。とても仲睦まじいからだ。まさかこんな人と親しくなれるとは。友情より素晴らしい何かがあるんじゃないのかなと思う。


「今日、どうだった?」

「つらかったよ。でも、お国のために頑張らんと」


 一郎は毎日、訓練に明け暮れている。つらいけれど、国が勝つためにも頑張らないと。そして、強くならないと。


「一郎兄ちゃん、頑張ってね!」

「うん! 忠次も学校、頑張れよ!」


 一郎は笑みを浮かべた。すると、忠次も笑みを浮かべる。その様子を、先生も暖かく見ていた。だが、先生は感じていた。一郎は特攻隊員だ。特攻隊員は敵艦に体当たりしなければならない。それは死を意味している。それを忠次はどう思っているんだろうか? 出撃する前日、忠次はどんな反応を見せるんだろうか?


「うん!」


 忠次は元気そうに答えている。忠次はまるで、突然の別れがあるという事を知らないようだ。




 その別れの日は、突然やって来た。一郎が知覧に来て1ヶ月ぐらい経った頃だ。実は一郎に出撃の命令が出たのだ。それは明日だ。出撃は、死ぬ事を意味する。親しかった忠次に別れを告げなければならない。悲しいけれど、お国のためだ。仕方がないのだ。


 その夜、忠次の家を男が訪ねてきた。一郎だ。突然、どうしたんだろう。


「忠次・・・」

「一郎兄ちゃん、どうしたの?」


 忠次は真剣そうな表情だが、どこか悲しそうだ。忠次は首をかしげた。


「忠次、ごめんな。明日で俺とはお別れだ。本当にごめんな」


 それを聞いて、忠次は驚いた。どうしてお別れなんだろうか? 知覧を去るんだろうか?


「どうして?」

「明日から、空からお前を見守ろうと思ってるんだ」


 それを聞いて、忠次は悲しくなった。ここで見守ってほしいのに、どうして? どうして空から見守らなければならないんだろうか?


「どうして?」

「明日、出撃するんだ」


 出撃と聞いて、忠次は呆然となった。出撃はすなわち、死を意味する。最近聞いた話だが、一郎は特攻隊だ。敵艦に向かって体当たりしていく部隊だ。


「えっ!?」

「敵艦にぶつかってくるんだ」


 忠次は泣きそうになった。だが、行かなければならない。それが国の命令だ。国には逆らえない。


「そんな! 嫌だ!」

「それが命令なんだよ」


 忠次は泣いてしまった。一郎はそんな忠次を慰める。だが、忠次は泣き止まない。あまりにも悲しいのだ。


「そんな・・・」


 一郎は忠次の頭を撫でた。忠次は顔を上げた。


「ごめんな忠次、明日でお別れだ。忠次、僕の分も生きてね」

「うん・・・」


 忠次は涙ながらに決意した。一郎が生きられなかった分も生きないと。これからは空から見守っているから、一生懸命生きないと。




 翌日、忠次が空を見上げると、いくつかの飛行機がV字の隊列で飛んでいくのが見える。その中に、忠次がいるんだろうか? そう思うと、手を振ってしまった。だが、一郎には見えていない。見えているのは、遠くに見える開聞岳だ。


「飛んでく・・・」


 その時、忠次は一郎との思い出を思い出した。どれもいい思い出だったけど、昨日で別れてしまった。もう会う事はないだろう。だけど昨日、一郎と誓ったんだ。一郎の分も生きなければならない。


「一郎兄ちゃん・・・」


 それから間もなくして、一郎は敵艦に体当たりしようとした。だが、敵艦に当たらず、沖縄の海に散っていった。




 いつの間にか、忠次は涙を流していた。あまりにも悲しい思い出だからだ。だけど、生きなければならない。そう誓ったんだ。そうすれば、天国で一郎と笑顔で再会できるから。


「そうだったんですか・・・」

「あと何年、わしは生きられるかわからないけれど、できれば天国で再会したいな、一郎兄ちゃん」


 忠次は天井を見上げた。その先には空がある。今でも一郎は、忠次を天国から見ているんだろうか? どんな想いで、日本を見ているんだろうか? 終戦してから、全く戦争をせず、平和な日々を生きている人々を、どう思っているんだろうか? こんな時代に行きたかったと思っているんだろうか? そして、忠次に会いたいと思っているんだろうか? だけど、会うのは人生を全うして、一郎の分も一生懸命生きたと思えるぐらい生きてからだろう。それはいつになるんだろうか?

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