第8話:『雷の魔女になるための授業』
魔女協会の中は、外見の荘厳さとは裏腹に、まるで未来の学校のようだった。広い廊下には、訓練生たちが真新しい制服に身を包み、活気に満ちた声が響き渡っている。早乙女かおりは、その光景をどこか冷めた目で見ていた。彼女たちは、誰もが希望に満ちているように見えた。だが、その希望が、誰かの手で与えられたものであることを、彼女たちは知らないのだろう。
最初の授業は、雷の魔女になるための、魔法の基礎だった。
講師は、威厳のある女性だった。彼女は「魔力とは、自らの魂と感情のエネルギー」だと語り、それを自在に操るための方法を教えていった。その訓練は、地道なものだった。目を閉じ、呼吸を整え、心の奥底にある、最も強い感情を思い描く。
かおりは、目を閉じた。浮かび上がってきたのは、倉庫の中の光景だった。あの時の、言葉にできない絶望。抗うことのできなかった、無力感。彼女の心の中で、黒い感情の渦が、まるで津波のように押し寄せてきた。
「いいですか、その感情を、そのまま解放するのです!」
講師の声が、遠くで響く。かおりは、その言葉に従い、心の壁を全て取り払った。
その瞬間、彼女の掌から、黒い稲妻が弾け飛んだ。
雷は、他の訓練生が生み出した、淡い光の粒とは、まるで違っていた。それは、破壊を象徴する、生々しい力だった。その場にいた誰もが、かおりの放った力に息をのんだ。
「すごい…」
誰かが、そう呟いた。かおりの掌は、痺れて熱く、その熱は全身を駆け巡った。彼女の目からは、とめどなく涙が溢れていた。雷として具現化されたのは、彼女が封じ込めてきた、あの日の感情そのものだった。
「お前は、その痛みを力に変えることができたのだ」
講師の声は、彼女の耳には届かなかった。かおりの心は、歓喜ではなく、深い悲しみに包まれていた。彼女は、この力を手に入れたことで、再びあの日の記憶に引きずり戻されたようだった。
授業の後、一人の訓練生が、かおりに近づいてきた。
彼女の名は、アリス。きらきらとした瞳を持ち、誰よりも早く雷の魔法を習得していた。アリスは、かおりの才能を称賛した。
「すごいね!あんなに強い雷を放てるなんて。きっと、神宮寺様に選ばれたんだわ」
アリスは、心の底から神宮寺結衣を崇拝しているようだった。
「神宮寺様は、女性を強くするために、この魔法を与えてくださったのよ。この力があれば、私たちはもう、誰かに怯えることはないんだから」
その言葉に、かおりは何も答えることができなかった。
この魔法は、彼女を救ってはいない。ただ、過去の痛みを力に変えろと、強要しているだけではないのか。
「この魔法は、本当に私たちを幸せにするのか?」
かおりは、初めて、誰かにそう問いかけた。
アリスは、かおりの言葉に戸惑った表情を見せた。
「何を言ってるの?これは、私たちの希望なんだわ」
かおりは、アリスの言葉が、テレビで流れていたニュースと同じであることを知っていた。この世界は、神宮寺結衣によって、完璧に統制されている。
魔女協会は、希望の場所ではない。
ここは、神宮寺結衣が望む「強い女性」を作り出すための、訓練所なのだ。