第1話:『とおりゃんせ』
「世界」なんてなければ、何も起こらないから、「平和」なのに。
世界は、その日、静かに終わった。
突如、地球のあらゆるスピーカーから、澄んだ少女の歌声が響き渡った。それは、日本の童謡「とおりゃんせ」。その歌声が流れた瞬間、世界中の人々が、まるで糸が切れたかのように、次々と倒れていった。
ニューヨークのタイムズスクエアに集まっていたデモ隊「アンティファ」の若者たちは、互いに罵り合い、火炎瓶を投げつけようとしたその時、歌声を聞いて一斉に吐血し、崩れ落ちた。東京の国会議事堂では、連立与党の政治家が、裏金問題について笑いながら談合している最中に、血を吐いて息絶えた。薄暗いアパートの一室では、無抵抗の覇気を失った女性に無理やり自分の欲望の色を刻み込んでいた男が、腰を振るのを止め、薄汚れた畳に血痕を散らしながら絶命した。
歌声は、世界のあらゆる場所で、あらゆる形で「悪」と呼べる者たちを粛清していった。それは、人種、国籍、性別、思想を問わない、無差別で、かつ選別された死だった。
生き残った者たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。世界人口は半数にまで激減していた。なぜ、誰が、何のためにこんなことをしたのか、誰も知る由もなかった。
やがて、歌声が止んだ後、世界は静寂に包まれた。そしてその静寂のただ中に、たった一人の女性が姿を現した。
彼女の名は、神宮寺結衣。
女性