07 オバチャンたちの受難
『 「なっ………」 』
オバチャンたちが初めて見せた防御魔法の威力に、魔王と勇者たちは言葉を失う。
「アラ、口ほどにもない。働くお母さん方はみんな必死にこの壁越えてきてるんだよ?」
「ところで、トードさんだけ何でベルリンの壁?」
「いやー、だってベルリンの壁ってさ、東西冷戦の象徴だったわけじゃない?
ベルリンの壁崩壊のニュースを見たときさ、壁にツルハシ振り下ろす人たちの姿や、壁も思想も越えて東西両側の人が手を取り合う姿が、子どもながらにすごーく印象的だったんだよね」
「時代だわー」
「時代よねー」
「「「アンタも王様ならその壁くらい超えてみせなさいよ」」」
『おのれ、何をふざけたことを………』
悔しげに歯をギリギリ鳴らす魔王の姿を見て、オバチャンたちはため息をつく。
「こりゃ、一回痛い目見ないとわからないかな」
「あのねえ魔王さん。
私たち、自分の経験を魔法に変えられるの。
確かに武器や兵器は使ったことないけどさ、これだけ生きて働いてりゃ、それなりに痛い思いも辛い思いもしてきてんのよ」
「私たち基本的には非暴力主義なんだけど、アンタ全然話し合いに応じる気なさそうだし、この際受けてみる?私たちの攻撃魔法」
『面白い。たかが老婆の攻撃魔法、この我に通じるものか』
「……まだ言うか。三人分の経験をいっぺんにくらってもそんな顔してられるかしら?」
「何にするか事前に合わせなくていいの?」
「いいよいいよ。むしろみんながどれ選ぶのか楽しみだし」
「じゃあいっせーので攻撃いこうか………いっせーの!」
「「「自然分娩!」」」
『うぎゃあああぁぁああぁあぁ~!!!!』
………鼻の穴から、らいでんスイカ×3を引っ張り出すような、かつて経験したこともない苦痛が魔王を襲った。
※※※※※※※
「いやー揃った揃った。私たちが選んだら、やっぱりそうなるよねー」
「………ちょっと魔王さん!何白目剥いてるの!
今の魔法、お産絡みの痛みのうちの『分娩時の痛み』だけだよ?『三日三晩連続陣痛』も『✕✕切開』も『✕✕剥がし』も『麻酔無し✕✕』も入ってないんだよ?」
「あ、私無意識に『ベテラン看護師の小言』と『姑の分娩室突撃』の精神攻撃付け加えちゃってたかも」
「うわーそれは精神に来るわー」
和やかに笑うオバチャンたちを前に、魔王は泡を吹いている。
固唾をのんで様子を見守っている勇者たちの表情にも、心なしか怯えが滲んでいた。
オバチャンたちは、玉座に沈み込んで起き上がれない魔王の上にズイッと顔を乗り出す。
「さてと、魔王さん」
『ひいっ』
「今のが、『生みの痛み』ってやつの、ごく一部。
アンタが粗末にしてきた命は、みーんなこうやって生まれてきたの。
他の魔物さんたちに聞いたけど、お産の苦しみは魔物も人間も変わらないらしいじゃない?
ここにいる勇者君たちもアンタも、お母さんが妊娠中からあれこれ苦労して、それでもとっても楽しみにして、大事にして、最後は死と隣り合わせのものすごく痛い思いをして、命懸けで生まれてきた命なの。
その命をこんなふうに使ってほしいなんて、アンタたちのお母さんが願っていると思う?」
『…………』
オバチャンたちのマジ説教に、魔王が黙り込む。
流れ弾で勇者パーティーや玉座の間の扉からこっそり様子をうかがっている魔物たちまでが涙目になっているが、その辺はオバチャンたちの預かり知らぬところであった。
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結局、「次どれにする?」とカラオケで曲を選ぶノリで次の攻撃魔法を相談しているオバチャンたちに、魔王は早々に白旗を揚げた。
オバチャンたちの「お互い気に食わないなら無理に仲良くすることないけど、だったらわざわざチョッカイ出して嫌な思いするより、極力関わらないようにする方が精神衛生的にもいいでしょ」の言葉に魔王が不承不承頷く。
そして、オバチャンたちの差配で魔王と勇者が話し合いを行い、最後に頷き合って握手を交わすと、パーティーの仲間や魔物たちに、魔物と人間の戦いの終結を宣言した。
玉座の間は歓声と興奮に包まれ、それはやがて城の外まで広がっていった。
隊長魔物に至っては、勇者に抱きついて喜んでいる。
オバチャンたちは顔を見合わせる。
「これって、『魔王を倒して世界を救った』ことになるのかな」
「わからないけど、これで文句があるっていうなら神殿に戻って白イタチの残った頭頂部の毛全部抜く」
「出た、白イタチ過激派のコタツさんwww」
すると、オバチャンたちの後ろに輝く光のトンネルが現れた。
驚く勇者一行や魔物たちに笑いかけ、オバチャンたちは頷き合う。
「これ、帰り道っぽいね」
「みんな、どうやら私たちお役御免みたい。あとはみんなで頑張ってね」
「多分これからの方が大変だと思うけど、勇者君たちならきっと大丈夫だから」
「魔王さんも、あんまり国民に迷惑かけるんじゃないよ。この先みんなを苦しめるようなことがあったら、気合で戻ってきて『子宮口5センチ、陣痛3分間隔の呪い』をかけるからね」
「それキッツいわwww」
オバチャンたちは、駆け寄ってくる勇者一行や魔物たちと笑顔でハグを交わし、手を振りながら光の中へ吸い込まれていった。
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気がつくと、彼女らはいつかの路地裏に戻っていた。
夕刻、仕事終わり。家では家族が彼女たちの帰りを待っているだろう。
「じゃあ帰りますか」
「あの子、期末テスト上手くいくといいね」
「何だかんだ楽しかったわ〜」
余韻に浸っていた唐須が、急に「あーーー!!!」と声をあげた。
「どうしたの唐須さん」
「今夜の晩御飯何にするつもりだったのか全然思い出せないぃぃぃーー!!!」
「うーわ、私もだ……盲点だったなーコレ」
「帰って冷蔵庫の中見て決めたらいいじゃない」
「まぁそうなんだけど……こういう時に限って絶妙に食材が足りなかったりするのよ……一回帰ってから改めて買い物に行くのすげーヤダ……」
「わかるわー。冷蔵庫の中身は使わず全部イチから献立考えることにして、食材買い揃えて帰ったら、消費期限ギリギリの食材が冷蔵庫にあったりするんだよね……」
「うちは娘と二人だから、その辺はあんまり気にしなくて済むかな」
「「ウェーン」」
落ち込む唐須と藤堂を小辰が慰めながら、三人は駅までの道を急いだ。
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後日、白イタチから三人宛に、A4サイズの「願い事カタログギフト」が届いた。
そこには、「肩こりが治る」、「半径5キロ以内の店の米・卵・牛乳の底値がわかる」、「手に取ったアボカドが全部食べ頃」など、働く主婦にはちょっと嬉しい特典があれこれ載っていて、オバチャンたちは仕事帰りに居酒屋で祝杯をあげながら、どの願い事を叶えてもらうか大いに悩んだのであった。
―――終―――




