02 神獣の受難
白イタチはオバチャンたちの視線から逃れようと、そそくさと踵を返す。
『さ、さ〜て、そろそろ僕もお暇しようかな〜…』
「「「待ちなさい」」」
『………ハイ』
「アンタここで私たちと別れたら、余所で同じことするつもりでしょうが」
『だってしょうがないじゃないっすか!僕の世界では勇者たちが魔法少女を待ってるんですよ?
魔法少女連れて帰れなくて魔王倒せなかったら、それこそあっちの世界が大変なんすから』
口を尖らせて言い募る白イタチに、唐須がボソリと呟く。
「………私さ。さっき気づいたんだけど、あの子の前では言いたくなくて黙ってたことがあるんだよね」
「どうしたの唐須さん」
「アンタさっき、『魔王を倒したらこの世界に戻って来れる』って言ったでしょう。
じゃあ、倒せなかったら?もしあの子がアンタの口車にのせられてアンタの世界に行って、そこで魔王にやられちゃったら、生きてこっちの世界に戻れたの?」
「「!!!」」
ハッとして振り返った小辰と藤堂に、白イタチは目を逸らして黙り込む。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
「……やっぱりか」
「貴様ァ、意図的に説明省いたな!?遺言があるなら聞いてやる。神は死んだー!!」
深刻な顔で頷く唐須の横で、激昂した小辰が白イタチに飛びかかる。
『ギャアア怒りに任せて頭頂部の毛ぇ集中的に毟らないでえ〜』
白イタチの悲鳴が路地裏に響き渡るが、小辰は手を緩めない。
「小辰さん落ち着いて。ソイツの毛ぇ毟っても問題はなくならないよ。
こんなこと放っておくわけにいかないのは確かだけど、警察や保健所に任せられるようなことでもなさそうだし…」
考え込む唐須に、藤堂がふと気がついたように言う。
「願い事叶えるって言ったら、リスク承知でやりたがる大人もいそうじゃない?」
しかし、白イタチは首を横に振った。
『あ、スンマセン、魔法少女になるにはある程度才能とか求められるんで、誰でもいいわけじゃないんすよ』
「……それが不思議なんだけどさ、アンタらの世界には魔法があるのかもしれないけど、私たちの世界にはそんなのないじゃない?どうしてこっちから魔法少女要員を連れて行くわけ?」
毛だらけになった手を拭きながら尋ねる小辰に、白イタチが答える。
『魔法がない世界だからいいんすよ。魔法がない故に、こっちの世界の人の中には、使われることのない潜在魔力が大量に蓄えられてるんです。
その魔力を僕らの世界で解放すれば、あっちの世界の人間なんか足元にも及ばない凄い魔法使いになれるんです。
ただ、こっちの人間があっちで魔法を使えるようになるには、「夢見る力」とか「想像力」が強くないとダメなんすよ。
となるとやっぱり10代半ばくらいの女の子が適任なわけで…
失礼ながら、例えばマダムたちくらいのお年頃になりますと、その辺が枯渇していらっしゃるというか…』
「本当に失礼だなオイ」
「やー、まあ仕方ないよ。私たち、夢見る力も想像力も若さも全部つぎ込んで家族養ってきたんだからさ。
まあ代わりに人生経験と精神力は手に入ったかもしれないけど」
小辰をとりなす唐須の言葉に、藤堂が反応した。
「あ、それって魔法に使えたりしないの?夢見る力は衰えていても、経験と気合で何とかします、みたいな。
そもそもそっちの世界じゃ年寄りの魔法使いはいないわけ?
こっちじゃ魔法少女の概念が定着するまでは、魔法使いって言ったら男も女も人生経験豊富な高齢者のイメージだったよ?」
問われた白イタチが虚を突かれた顔になる。
『そうっすね……僕の世界の歳とった魔法使いは、だいたい衰えた想像力を、長年積んだ修養で補ってますが……そうか、この世界の人間が、自分の経験を強い精神力で魔法に変えることができれば、夢見る力が少なくても魔法が使えるかもしれないのか……コレは考えたことなかったわ………
スンマセン、皆さん。魔法を発動させる力の置き換えが可能かどうか、試しにマダムたちの経験値と精神力、ちょっと測らせてもらえませんか?』
※※※※※※※
「それでアンタが未成年者略取誘拐止めるってんなら幾らでも協力するけど。
測るってどうすればいい?アンタのこと脇に挟むとか、腕に巻いて限界まで空気入れるとか?」
『体温や血圧じゃないんですから。ちょっと待ってください。この「スカウトさん」を僕の片目に嵌めて、皆さんに照準を合わせてピッてやればたちどころに皆さんの能力がモニターに……』
「あー『私の戦闘力は50何万ですハーヒフーヘホー』のやつか」
「唐須さん、それなんか混じっちゃってない?」
白イタチが嵌めた「スカウトさん」が、ピピピピピーと電子音をたてた。
『出た出た。ええっと、皆さんの「経験値」と「精神力」の量は………うわ、えっぐ』
「そういうコメントは思っても口に出すもんじゃないよ」
『スンマセン………いや〜おみそれしました。確かにこれなら失われた夢見る力を補って余りある強烈な魔法誘引力になりますわ。
なるほど、だったら必ずしも連れて行くのは未成年の女の子じゃなくていいわけだ………と言って、これからどうすればいいかというと………』
考え込む白イタチの前に、小辰が仁王立ちになった。
「私が行くよ」
『エ゛ッ』
「小辰さん!?」
「だってここまで知っちゃって、他の人に『後はお任せします』って押し付けるわけにいかないでしょ?
うちはダンナと死別してるし、もう娘も独り立ちしてるしさ。
今の測定で私に適正があるっていうんなら丁度いいわ。オバチャンの経験と気合でキッチリそっちの世界救って、今のこの時間に無事に戻ってきてやろうじゃないの」
目に覚悟を漲らせる小辰を、唐須が止めようとする。
「そんなの危ないよ、万が一のことがあったら……って言っても、それは誰が行っても同じなんだよねえ。
確かに、誰か他の人が行って何かあったら寝覚めが悪いか。小辰さんそういうの凄く嫌いだもんね。
うーん………じゃあさ、私も一緒に行っていい?小辰さん一人に危ない思いさせるのもアレだし、一人より二人の方が生存率もなんぼかあがるでしょ」
「あっ、この流れ、まさか私一人だけ置いていくつもりじゃないよね?
もし行った先で二人に何かあったら会社めちゃくちゃだよ?私は魔王よりそっちのが怖いわ。だったら全員で行って、普通に全員で帰って来ようよ」
覚悟を決めた様子の唐須と、慌てて自分も行くと言い出す藤堂に、小辰は困った顔をする。
「えー二人のとこはお子さんまだ学生さんでしょ?何かあったら洒落にならない度が私とは全然違うから…」
だが、二人は引き下がろうとしない。
「だからさ、小辰さんが私たちのこと守ってよ。そしたら私たちが小辰さんのこと守るから」
「もうこれ決まりね!これ以上話しても、居酒屋で帰り際に誰が払うかで伝票取り合ってるときみたいになるだけだもの」
藤堂は議論を打ち切るように白イタチの方に振り返った。
「というわけで、三名なんだけど、入れる?」
『いや、ホントに居酒屋みたいになってるし。
御三方がいらっしゃってくださるなら確かにかなり心強いんですけど、勇者たちには「魔法少女連れて来る」って言っちゃったんすよね……どうしよう』
「そんなの、新製品の魔法少女より型落ちの魔女の方が三人で一人分のお値段で入手できてお得だったとか、移動中に「魔法少女」の「法」と「少」をどっかに落っことして気がついたら「魔女」になっちゃってたとか、どうとでも言い訳できるでしょうよ」
「アンタは神様なんだから、『実は最初からそのつもりでしたあー』とか言ってどーんと構えてりゃいいのよ」
『……ワカリマシタ。ヨロシクオネガイシマス』
観念した白イタチが、小さくなって頭を下げた。




