01 女子高校生の受難
小辰 音子と唐須 陽代と藤堂 早苗は、職場の仲良しオバチャン三人組である。
平均勤続年数実に25年。Y2Kもリーマンショックもコロナ禍も、三人一緒に乗り越えてきた。
職場の若い連中からは陰で「三人の魔女」などとと呼ばれているが、彼女らはそんなことは先刻承知しているし、いちいち気にしたりしない。一度社長に「御三家」と呼ばれたときは、誰が「くさタイプ」で、誰が「ほのおタイプ」なのか、昼休みにひとしきり議論になったが。
そんな彼女らが仕事帰り、夕飯の献立のことなど話しながら駅までの道のりを歩いていると、物陰から男女が言い争う声が聞こえてきた。
「やめてください!」『なあええやんけ』
女性が襲われている、と脳が認知した瞬間、オバチャンたちは声の聞こえた路地裏に飛び込んでいた。
若い娘さんのピンチに凄い勢いで反応するのは、職場の後輩たちを幾度となくセクハラから守ってきたオバチャン三人組の、職業本能に刻まれた反射行動である。
三人が駆けつけた路地裏には、目を疑うような光景が広がっていた。
嫌がる制服姿の女子高校生の腕を、成人男性の声で人語を話す白イタチとおぼしき二足歩行の動物が引っ張っていたのだ。
白イタチの大きさは、人間の2歳児程であろうか。ピンクの蝶ネクタイを締め、背中に生えた小さな羽で空中に浮いている。
人生経験豊富なオバチャンたちの辞書にも、こんな生き物は「アニメ・漫画」の項にしか載っていない。
目の前の不可思議事案に情報処理が追いつかず、オバチャンたちはその場にフリーズしてしまった。
「助けてください!」
だが、女子高校生が三人に向かって半泣きで叫んだ途端、オバチャンたちは自動操縦モードに切り替わった。
うちの子と同じぐらいの年頃の娘さんがこちらに助けを求めているのだ。情報処理は後回しにして助けなくては。
三人は力を合わせて白イタチを引っぺがし、女子高校生を庇うように二者の間に立ちはだかった。
「もう大丈夫だよ!……唐須さん、警察呼んで警察!」
「OK!保健所にも連絡する!」
「保健所の受付ってなん時まで?」
『待って待って警察も保健所もやめて。僕怪しいモノじゃないから、話聞いて』
オバチャンたちがスマホをいじりだすと、白イタチが焦ったように声を上げた。
「どっからどう見ても怪しい特定外来生物が口ごたえすんじゃないわよ」
「関◯一の声で喋る蝶ネクタイの動物は信用するなって、昔うちの姑が言ってた!」
「唐須さんのとこ、お姑さんと仲良いんだ。うらやましー」
「そうなの。こないだも大量に野菜送ってきてくれてさあ…………大変だったんだよね…………」
「…………それホントに仲良い?」
『いや話脱線してるから。とにかく話し合いましょ。話せば分かる話せば分かりますって』
白イタチは手を振って必死に言い募る。
オバチャンの中で一番年かさの小辰が、腰に手を当てて白イタチに言い返した。
「あのね。話すにしても、こういう場合はまず被害者の話から聞くのが筋ってものでしょう?
アンタも話聞いてほしかったら、彼女の話が終わるまで待ってなさい」
『………ハイ』
オバチャンたちは白イタチを正座させ、女子高校生に向き直った。
「大丈夫?何があったか話せる?」
「……はい、ありがとうございます……
下校途中に、急にこの人?に声をかけられて……私には魔法少女の素質があるから、この人?の世界に行って、魔王と戦って世界を救って欲しいって……
私、明日から期末テストだから無理って言ったのに、この人?全然聞いてくれなくって……それで、無理やりどこかに連れて行かれそうになったところへ皆さんが……」
「「「!!!」」」
女子高校生の言葉を聞いて、小辰がサッと彼女を自分の後ろに庇い、藤堂が白イタチの前に立ち塞がり、唐須が素早く後ろに回り込んで白イタチのシッポを捻り上げた。
『痛い痛い痛い。急に何すんの』
「やかましい。アンタ未成年者略取誘拐の現行犯じゃないの!」
「アンタみたいなのは大抵シッポが弱点で、握ったら力が抜けるか機能停止するって相場が決まってるでしょうが」
『いや、普通に物理的に痛い』
「私、熊スプレー持ってるよ!ぶっかける?」
「藤堂さんなんでそんなの持ってるのw」
「うちの裏の方、山なんだよね。最近熊の目撃情報多くてさ」
「あー怖いよねー。今年熊のニュース多いから…襲われた人の数が過去最高なんだっけ?」
「そうなのよ。うち高校生男子二人いるじゃない?部活帰りとか心配で」
「それは心配だわ」
『ちょっと待ってまたなんか凄い勢いで話脱線してる。本題に戻ろう?あとシッポ離して。僕逃げも隠れもしないから』
「……じゃあ離すけど、変な真似したら油性マジックでおでこに『関』って書くからね」
『罰の手段が無慈悲!』
オバチャンたちは、白イタチが女子高校生に害を及ぼさないよう警戒しながら包囲網を解いた。
※※※※※※※
「さて、順番に話を聞くって約束だから、アンタ側の事情も聞こうじゃないの。
ただ、どんな事情があっても、嫌がる期末テスト前の女の子を無理やりどこかに連れて行くなんて、私たちが絶対に許さないからね」
小辰に凄まれて、白イタチがビクビクしながら話し出す。
『ワカリマシタ……
実は僕、ここと違う世界で神様みたいなことやらせてもらってまして。
その世界では人間と魔族がずーっと争ってるんですけど、最近人間側に魔族の王を倒す力を持つと言われる伝説の勇者が現れまして。
僕の役目は、魔王の元へ向かう旅の途中、僕の神殿に立ち寄った勇者一行の仲間として、こっちの世界から魔法少女を召喚することなんです……』
「未成年者略取誘拐」
『あハイ。魔法少女を未成年者略取誘拐することなんです……』
「とんでもねえな」
『で、でも!魔王を倒したら、今のこの時間・この場所に戻って来られるから、明日の予定には響かないんすよ!
あっちの世界で何年過ごしても、残るのは記憶だけで、肉体的には歳を取らないし!」
「そんなことしたら、期末テストのために勉強したこと全部忘れちゃうじゃないですか!」
女子高校生が声を上げる。
『だから!あっちの世界を救ってくれたら、お礼に願い事ひとつ叶えてあげられるって言ってるでしょうよ。期末テスト満点でも、難関大学合格でも、魔王さえ倒してもらえれば簡単に叶うんだよ?』
「そういうのは自分の力で成し遂げたいの!!」
叫ぶ女子高校生に、小辰がパン、と手を打った。
「偉いっ!その心意気や良し!
しっかりしたいい子じゃないの〜。オバチャンたち感動したわ。
よし、後は私たちに任せて、あなたは早く帰りなさい。ご両親も心配するだろうし、明日の準備もあるんでしょ?」
「いいんですか!?あ、ありがとうございます!本当に助かりました!テスト頑張ります!」
『あー!待って僕の魔法少女の金の卵ー!』
急ぎ足で立ち去る女子高校生に、思わず後を追おうとした白イタチは、自分を睨めつけるオバチャンたちの絶対零度の視線に気がついてヒュッと息を呑んだ。




