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令嬢シリーズ

暴食令嬢の喰らい方

作者: 無色

 私、グーラ=トニー=ベルゼーヴは、食べることが何より好き。


 


「はわ、はわわ、はわわわぁ〜♡」


 王家主催の社交パーティー。

 貴族の顔色窺いという無為に時間が過ぎるだけのパーティーなんてクソ喰らえだけど……お料理だけは別。

 しっとりとしたロゼ色のローストビーフ、白身魚のシャンパンソースがけ、宝石のように輝く野菜のテリーヌ。

 ああ……


「幸せ〜♡」


 これだから王家も貴族も好きです。

 財力にものを言わせて、高級食材や珍味を取り寄せ、熟練のシェフに腕を震わせるのだから。

 こんなお金持ちの道楽……いいぞもっとやれ大歓迎。


「何なら毎晩社交界でもいい〜♡」


 しかしまぁ、他の方々は皆お喋りに夢中なことで。

 こんなに豪勢でおいしいお料理には見向きもしないなんて。

 フッフッフ、その調子その調子。

 お話に花を咲かせ続けてくださいな。


 その間に……


 このお料理全て私が独り占め♡

 切る前の大きなお肉も、手つかずのまま冷えるのを待つだけのピラフも、しなびていくだけのサラダも、ぜーんぶ私の♡

 仕方ありませんよねだって皆様が食べないのですから♡


「フフフ、さいこ〜♡」


 壁の花の私に話しかける物好きはいないし、ましてや食事中に話しかけるのはマナー違反。

 つまり、誰にも邪魔されずにお料理を食べられるということ。

 残ったお料理はぜひ持ち帰らせてもらいましょう。


「はむはむ♡このローストビーフおいしすぎ〜♡」


 まあ、個人的にはもう少しだけ塩気が強いと尚良かったのですが。

 あっさりめの味付けはたくさん食べられるから、それはそれでアリです。


「ん〜♡」

「伯爵家のご令嬢が一人で寂しがってはいないかと様子を見に来てみれば、杞憂だったみたいだな」

「んぐッ?!」

「ほら、水だ」

「っは、はぁはぁ、ありがとうございます……」 


 食べてる最中に話しかけてくるなんて。

 

「マナー違反ですよ、ラファエル殿下」

「ハハハ、そう言うなグゥ。おれとお前の仲だろう」

「愛称で呼ぶのは控えてください。他のご令嬢に睨まれたくありません」


 今だってほら、何人ものご令嬢たちがこちらを恨めしそうに。

 ああ怖い怖い。

 ソルベを一気に掻き込んだように寒気がする。

 口直ししないと。

 隣に立つ背の高い男性から視線を外し、私は食事を再開した。


「王子が横に居るのに何事もなく食事を続けるか普通」

「私と殿下の仲なのでしょう? それに、私思うんです。王子様よりも、お料理を丹精込めて作った料理人、お料理の礎となった食材や生産者の方々の方がずっと偉いと、常々」

「相変わらずだなお前は」


 無礼も非礼もこの人は笑うだけ。

 気が楽でいいですが……いつまで隣にいるんですかこの人。

 落ち着いて食べれないじゃないですか。


「そんなに美味いのか?」

「ええ、それはもう!」


 あ、いけないつい大声を。


「コホン……食材が新鮮なのもありますが、シェフの腕が特段良いようで。火入れも調味料の匙加減も全てが完ぺきです」

「お前がそこまで褒めるのは珍しいな。どれ」

「……なんですか? 口を開けて」

「一口よこせ」

「ご自分で取ってきたら如何ですか」

「それがいい」


 このアホ殿下……これは私のお料理ですが?


「……はぁ。一口だけですよ」


 私は渋々、ローストビーフの切れっ端を口へと運んだ。

 さようなら私のおいしいお肉。


「ふむ。なるほど、美味いな」

「でしょう? 外側をカリッとさせ肉汁を余さず閉じ込める。それだけの技術には敬服の意を示さねばいられず……」

「もう少し塩気が強い方がより好みだ」

「…………」

「なんだ?」

「いえ。殿下とは相変わらず食の好みが似ていると思いまして。共に食卓を囲めば楽しい時間を過ごせそうです」

「……そうか」

 

 何故頬を赤く?

 香辛料はそれほど利いていないと思いますが……ぱくっ、おいしい〜♡





 しかしこの人……事あるごとに絡んでくるんですよね。

 顔を見せたかと思えばお菓子をくれたり、異国の料理本を贈ってきたり、はたまたお忍びで城下で繁盛している食堂に行こうと誘ってきたり。

 幼なじみならそういうものかもしれませんが。

 顔だけはいいんですから、とっととお相手を見つければいいものを。

 私のような変わり者に関わっている暇があれば。

 物好きな人です。


「殿下、想い人の一人や二人いらっしゃらないのですか?」

「なんだ藪から棒に」

「せっかくのパーティーなので、一応それらしいことを話しておこうかなと。あ、デザートが運ばれてくるまでの繋ぎですからね」

「人を何だと……まったく。そういうお前はどうなんだ。浮ついた話は聞こえてこないが」


 あるわけないでしょうそんなもの。

 殿方と過ごす時間で一食……いえ、二食はいけるというのに。

 

「生憎と理想が高くて」

「初耳だな。お前の理想の男とはどのようなものだ?」


 興味を持たないでください。

 不意に口から出ただけの言い訳ですから。


「そうですね」


 理想……理想……ああ、そうだ。


「いっぱい食べる人……ですね。私と同じくらい」

「お前は牛一頭だって食べるだろうが……」

「失礼な。二頭はいけます」

 

 だっておいしいじゃないですか。


「あと……」

「まだあるのか」

「私と毎食を共にしてくれる方がいいですね。三食は当然、おやつに夜食、買い食いも。私、おいしいものは共に感動を分かち合いたいタイプなんです。フフッ、ちょっと子どもっぽいでしょうか」

「いやローストビーフ一口やるのも渋っていただろお前。毎食……だな。覚えておく」

「……? あ、はい」


 それらしい殿方をリストアップでもしてくれるつもりで?

 でもたぶん居ませんよそんな人。

 

「はっ!」

「ど、どうした?」

「この甘く芳醇な香り……デザートです! デザートが運ばれてきました!」


 スイカをくり抜いたフルーツポンチ、クリームぎっしりのプチシュークリーム、ところ狭しと並ぶ絢爛豪華なケーキたち。


「はわ、はわわぁ!♡お、おいしそうぅ〜!♡どれから食べようか迷ってしまいますぅ〜!♡」


 なーんて全部食べるんですけどね♡


「取ってこよう。何がいい?」

「よろしいのですか? では、あのしっとりと美しいガトーショコラを。一番大きなやつを取ってきてくださいね」

「ああ」


 殿下を顎で使うなんて。

 バチでも当たってしまいそうです。


「ちょっと。そこのあなた」


 ……ああ、予感的中。





「いったい何様のつもりなのかしら」

「そうよそうよ。マンプック公爵家のご令嬢、ファラヘル様を差し置いて殿下と懇意にするなんて」


 公爵令嬢とその取り巻きたち……はぁ、殿下が話しかけてなんてくるからこんなことに。

 とりあえず挨拶くらいは。


「ご気分を害してしまったようで大変失礼いたしました。ベルゼーヴ伯爵家が息女、グーラと申します」

「ベルゼーヴ伯爵家? ああ……フフッ、殿下が話をするなんてどれほどの方かと思えば」

「私知っていますわ。ベルゼーヴ家といえば、国の端で農業に勤しむ貧乏貴族だと有名ですもの」


 失敬な。

 たしかに貧乏なのは否定しませんが。

 一時は私の食費で財政が傾いたとか傾かなかったとか……まあ、些細なことです。


「どおりで土臭いと思いましたわ。田舎住まいだとさぞ大変でしょう? ねずみにドレスを齧られないか、私なら気が気でなりませんわ」


 さすがにねずみもドレスよりチーズを齧るのでは。

 ドレスがお肉で出来ているならともかく。


「あなたのような方まで気に留めなければならないなんて、殿下がお労しくてなりませんわ。身の丈というものを弁えたら如何かしら」


 この人の縦ロール……クロワッサンみたいでおいしそうですね。


「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」

「クロワッサンみたいにおいしそうな髪型をして……あ」


 つい心の声が。


「ま、まあなんて無礼なの! 田舎貴族の分際で!」


 いけない今叩かれたらお料理をこぼしてしまう!

 落ちても食べるけども!


「何をしている」

「で、殿下!」


 ああ、ガトーショコラが……じゃなくて殿下が帰ってきた。


「こ、これは、その……」

「仮にも令嬢がよってたかって一人を囲い詰めるとは、あまり褒められた行いではないな。公爵家にはあとで此方から一報を入れておこう。貴殿は娘にどういう教育をしているのか、と」

「……っ、失礼しますわ!」


 あ、クロワッサンが……





「まったく……あれらはお前が国の食糧事情を一手に担う一族だと知らないのか。ベルゼーヴ家が無ければ、この国の農業水産は瓦解してしまうほどの影響力を持っているというのに」

「食糧事情なんて、関心が無ければ気に留めることはありません。いいではありませんか。気に留めないということは、それだけ豊かであるということなのですから」

「しかしな……」


 元はといえば殿下が絡んでくるのが原因で……いえ、それより……


「はやく! はやくくださいガトーショコラ! もうさっきから気が気でなくて!」

「わかったわかった」

「わぁ♡欲を言えば二切れでなくホールごと持ってきてくだされば」

「一つはおれのだ」

「え?!」

「おいしいものは共に感動を分かち合いたい、だろ?」

「まあ、そうですね……」


 いいですよいいですよいっぱいお代わりしますから。

 ん〜ラムとチョコレートのいい香り♡

 ……ん?


「殿下、これは食べない方がいいです」

「どうした?」

「ケーキの中に何か入っているようなので。スンスン……これは、どうやら媚薬のようですね」

「なッ?!」


 幸い他にこのケーキを食べている人はいない様子。

 他のデザートには入っていないようですし、今ならまだ騒ぎにならず、下げさせるだけで間に合うでしょう。

 殿下は騎士数名に命じ、密かにガトーショコラを撤去させた。


「ひとまず安心だな。しかし、何故わかった?」

「香りの中に一つ、いやに甘ったるい花の香りがしたもので」

「昔から鼻がよかったな、そういえば」


 これだけ完ぺきなお料理を作るシェフが、最後の最後でレシピにそぐわないことをするわけがない。

 犯行に及んだのは、お料理を運んだ給仕といったところだろう。

 いったいどういう目的で媚薬なんてものをケーキに混ぜ込んだのか。

 悪戯か、誰かを狙っての愚行か。

 王家主催のパーティーを、色香渦巻く肉の宴にでもするつもりだったのか。

 まあ、どうでもいい。


「口惜しいです。せっかくおいしそうなガトーショコラ……はむっ♡」

「おい!!」

「んふふ〜♡この重厚な甘みがガトーショコラの醍醐味〜♡舌先の熱で溶ける絶妙な……うっ!」

「お、おいグゥ!」


 身体熱い……

 心臓が早い……

 強力な媚薬ですね……

 

「何故薬が入っているとわかって食べる!!」

「だって、あまりにおいしそうで……それに、お料理に、罪は……はぁはぁ、ありませんから……ふぐぅ」

「バカか! 毒だったらどうする! ここじゃマズいな……立て! どこか空いている部屋へ……それに医者も!」


 さすがにバカをやりました。

 私は人目も憚らず、殿下によって抱えられ、ゲストルームのベッドに寝かされた。


「大丈夫なんだろうな!」

「このくらい、一晩寝れば……あと身体の中の良くないものを循環させたいので、栄養がつきそうなものをたくさん……」

「……それだけ食い意地があるなら大丈夫そうだな」


 心配しなくても死にませんとも。

 世界にはまだまだおいしいものがたくさんあるんですから。


「とりあえず……ドレスを脱がせてもらえますか? 息苦しくて仕方ありません……」

「あ、ああ。すぐに侍女を」

「待てません……」

「お、おい!」


 ああ、これはいけない。

 見たことのないご馳走を前にした時のような激しい興奮。

 一刻も早く何か口にしないとどうにかなってしまいそう。

 私は朦朧とする意識で手を伸ばし、心配する殿下の襟を鷲掴みに、ベッドへと引き寄せた。


「グゥ……?」

「殿下……私のような端女にこのようにされるのは憤慨の意を禁じ得ないでしょうが……人命救助だと思って、無礼をお許しください……」

「お前、何を……」


 申し訳ありません……そんなに顔を赤くするほどお怒りなのに……


「ゆっくり数でも数えていてください……その間には、きっと、喰べ終わります、から」

 

 


 ――――――――

 ――――

 ――




「ふぅ」


 もう朝じゃありませんか。

 あの媚薬、結構な代物でしたね。

 

「殿下、いつまで寝ているのですか。早く起きて朝ご飯にしましょう」

「お前、な……」


 産まれたての仔鹿のようにプルプルしてらっしゃる。

 ……朝から仔鹿のローストもいいですね。


「仮にも未婚の……乙女が簡単に……」


 何やらゴニョゴニョと言っていますが……ああ、忘れていました。


「殿下」

「な、なんだ?」

「ごちそうさまでした」

「ッ、この、大喰らいが!!」


 ちゃんとお礼を言ったのに……


「まあまあ、とりあえず服を着ましょう。それから朝ご飯です。お腹が空きました」

「お、おいグゥ」

「はい?」

「あんなことして、お前は、その……おれのことを、どう思ってるんだ……」


 どう、ですか……

 うーん。


「まぁ、とりあえず朝ご飯を食べましょう。一緒に」

「お前な……はぁ」


 殿下は疲れたようにため息をついた。

 薬でおかしくなっていたとはいえ、好きでもない相手を喰べようなんてしないこと、少しは察してほしいものですけど。

 

「また……」


 おっと、いけない。

 口を噤まないと。

 また喰べさせてくださいね、とは……さすがにはしたないですからね。

 お付き合いいただきまして、ありがとうございました!


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