メインクエスト
「こんにちは」
ルキが代表して声をかけると神官らしき格好をしたNPCの女性はパッと顔を輝かせる。
「あぁ! 同行者を見つけて来られたのですね……! どうかお二人で四つの宝玉を集めて来てください。早くしなければ災いがこの国に降り掛かります!」
初回であればもう少し長々とセリフが入るのだが、既に一度話しかけているから短縮されている。ルキがパーティリーダーになっているから、ノギノも問答無用でスキップだ。
同行者。これこそがノギノ一人では無理な理由である。なんとこのクエストはメインクエストでありながら、二人パーティ専用クエストでもあるのだ。RPGとしてはいかがなものかと思うが、出会い系として見れば妥当なのかもしれない。ちなみに一人で話しかけると「お一人で孤独の旅路を進まれるなど……!」と、憐れみいっぱいの瞳で見られる。こんなゲームをやっているのは大半がリアルで孤独の旅路を歩んでいる者だと思うと、このセリフを設定した人間の悪意を感じざるを得ない。
「はい。あたしたちに任せてください」
NPCにそんな八つ当たりをしたところで仕方ないので、ルキは無難な答えを返す。
「よろしくお願いします!」
視界の端でクエストログが進行するのを確認して、ノギノを振り返った。
「進んだ?」
「あぁ。まず、どこから行く?」
先程NPCが言った通り、このクエストでは四つのダンジョンを巡って宝玉を集めることになる。ダンジョンはどこからでも行けるが……。思案しつつ時刻を確認すると、そろそろ十二時になる頃合いだった。集合したのが十時だから装備を整えるのに二時間近く費やしていたらしい。
「お昼食べてからにしよ。一時に再集合で」
「ん……もうそんな時間か……。わかった。ありがとう」
「じゃねー」
手を振るようにパタパタと猫耳を振って、手早くログアウト操作をしたルキがシャランという効果音と共に消えるのを確認して、ノギノもログアウトボタンを押した。
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現実に浮上した秀一は、少しばかりゲームより重い体を意識して起き上がった。隣からの物音はしない。二階の部屋を出て階下に降りるも、リビングに人の姿はなかった。母親は買い物にでも行っているのだろう。父親は、ゴルフだろうか。
残り物のご飯で炒飯を炒めながらふと、詩織も食べるだろうか、と思った。聞いてみようか、と思う反面、どうせ返事はないだろう、とも思う。どれだけ部屋の前で声をかけようと無視されたのも、今思えばフルダイブのゲームをしていたからなのかもしれない。まぁ、部屋の外であろうと無視はされたのだが。
結局、迷っているうちに一人分の炒飯は完成してしまい、やむなく一人で食事にする。本来であれば家族四人が過ごせるリビングに、一人分の食器の音だけが響くのはどこか寂しい。
秀一が大学を卒業して働き始めた頃、詩織が引きこもるようになった。その頃から父親も家に寄り付かなくなったという。転職を機に実家に戻ってきた頃には、家族はすっかり疎遠になっていた。
「……ごちそうさま」
誰に言うともなく呟き、空になった食器を持って立ち上がる。ルキは今ごろ、家族と昼食だろうか。
食器を洗うべくキッチンに向かおうとした時だった。カタッと背後で物音が聞こえた。母が帰ってきたのだろうか、しかし玄関の開く音がしたなら気がつくはずだ。振り返ると、詩織がいた。伸ばしっぱなしの黒髪、痩せ細った手足に、ヨレたシャツを着た詩織は、まん丸に瞳を見開いて。
「っ……」
「っ……し」
おり、まで言う前に。詩織は回れ右をすると脱兎の如く逃げ出した。普段は静かすぎるほどに静かに過ごしている詩織が、けたたましい足音を響かせて階段を駆け上がる。
「詩織……!」
咄嗟に食器をその場に置いてあとを追う。二つの足音がドタドタと重なり、バタン! と扉が閉まる音と共に途絶えた。
「詩織、話を……!」
言いかけて、飲み込んだ。これまでこの手で頑なに無視されてきたのだ。ひとつ息を吐いて呼吸を落ち着ける。
「……『誓いの広場』で、待っていてくれ」
返事はなかった。
けれど、聞こえたはずだ。行かなければならない。一刻も早く。
詩織が引きこもるようになったのは、元を辿れば秀一のせいでもあるのだから。
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十三時。ルキが集合時間ぴったりにログインすると、ノギノは先に来て待っていた。手持ち無沙汰に手元のウィンドウを操作している。
「ごめん。待った?」
「……いや。一人でレベルを上げていた」
答えるノギノの態度が別れる前よりも少しばかり硬いように見えて、ルキは小首を傾げる。
(何かあったのかな……)
気にはなったが、リアルの事情に踏み込まれるのはルキも嫌うところだ。気が付かなかったことにして、殊更に明るい声を出した。
「攻略サイト調べてきたんだ! まずは魅惑の古城から行こう。筋力値高いと簡単なんだって」
「賛成だ。宝玉は宝物庫にあるらしい。マップデータも載ってる」
どうやら既に調べがついていたらしい。
「……よし! じゃあ、行こっか!」
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道中にも敵は出てきたが、筋力値極振りビルドであるルキが片端から切り伏せた。ノギノに至っては後ろからついていくだけで勝手にレベルが上がっていく有様だ。
目の前でまた一体、スライムのような可愛らしいモンスターが切り伏せられるのを眺めつつポイントを振るべくノギノはウィンドウを開く。
「……ルキ。攻略を見たと言っていたが、どこまで見たんだ?」
ちょうど最後の一体となって逃げ惑うスライムを貫いたルキが振り返った。
「ダンジョンの名前と、有利なステータスがあるってくらい……だけど」
「……そうか。まぁいい、行こう」
「……?」
怪訝そうな顔をするルキを無視してノギノは先へ進む。攻略サイトに気になる一文を見つけたのだが、どの道引き返す選択肢がない以上ここで話しても仕方のないことだ。それよりも時間が惜しい。
その後も特段苦戦することもなく、辿り着いた古城の前。本来であれば近隣の村で情報収集等必要らしいが、ルキの筋力値があれば必要ないと判断して一直線にここまで来た。
既に主人を失って久しい様子の城には、数多の蔦が絡みつき、ところどころ崩れている。先程まで明るかった空までも、今は真っ赤な茜色に染まり、照らされた古城はまるで燃えているかのようにさえ見えた。
ルキが先導して、中央の石段を進む。大きく口を開けた城門をくぐった、その時。
——グオォォ……
奇怪なうめき声が響いた。城内に反響するように、その声……いや、むしろ音と言うべきものがわんわんとこだまする。即座にルキがノギノを庇うように身構える。
「来るよ……!」
ルキが鋭く叫び、ノギノも視線を向ける。城の正面玄関とも言える開けた空間に、周囲の扉の影からのっそりと出てきたのは、ゾンビだった。
「……っん」
ルキが警戒とか衝撃とはまた違ったニュアンスの声を上げかける。
それはまさしくゾンビだった。ホラー映画などで目にする、手を前方に突き出しゆっくりと歩行するゾンビだ。ただし。
「……こういうことか」
独りごちたのは、先ほど見た攻略サイトの一文に納得したからだ。すなわち。
『R18だからこそできることをやろうとした運営の執念が窺える』
と。
攻略というには曖昧な言い回しだったが、運営がこれを敢えてメインクエストに持ってきた意図を汲んだと見える。
「なっ……ファ……。やっば……!!︎」
歓喜とも驚きともつかぬ声をルキが上げる。
ゾンビたちは揃って美男子で、揃いも揃って全裸だった。