露出抑えると防御力下がるんだよね
夕飯も済ませたルキがログインすると、ノギノはウィンドウを開いて何か操作していた。
「ごめん……! 遅くなっちゃって」
「あぁ……いや、そういえば集合時間も決めてなかったなと俺も別れてから気づいた。それより、ちょうど良かった」
「ちょうどいいって?」
「これだ」
スッと指先を振って、ノギノの前に開いていたウィンドウの一枚がルキの方に向けられる。覗き込むとそれはSNSの画面だった。アカウントを連携するとゲーム内からでもインターネットブラウザやSNSが見られるようになる。ちなみにルキがそれをしようとすると、年齢制限に引っかかるためやっていない。初回ログイン時の認証については母親の身分証を拝借して突破したが、アカウント連携までは無理だった。ちなみに購入は年齢チェックがないフリマアプリだ。
「シンシア……。えっ、まさか見つけたの!?︎」
ノギノの示したウィンドウにはシンシアという名前のユーザーのホーム画面が映っていた。アイコンはゲームのアバター写真だろう。フォロワー数は四桁、それに対してフォロー数は三桁。だいたいフォロワー数の十分の一程度か。ざっと見ただけでもすべての投稿に複数のコメントがついているのが見て取れた。
「ああ……間違いない。それに……おそらく君の言った通りだ。妹は、俺が見つけると思っている」
「けど……この人」
ルキもこのユーザーに関しては見つけていた。だが、よもや探しているシンシアとは思わなかった。たしかにVRMMOはやっているようだが、彼女が主にやっているのはRSOではなく、全年齢向けのメジャータイトル……それも、見たところランカーと呼ばれる上位プレイヤーだ。
ノギノが手元のウィンドウを操作すると画面がメディア欄に切り替わる。どうやらルキに見せているのは複製画面らしい。ゲームのスクリーンショットが並ぶ中をスクロールしていくと、不意に気色の違う画像が現れた。
「これだ」
「……ご飯? あっ」
呟いて、ルキもハッと気がつく。
映っているのはごく普通の食事だった。お盆の上に乗っているのは白米、ほうれん草のおひたし、焼き魚と味噌汁。お手本のような和食になぜかカップのヨーグルトが添えられている。
ただそれだけの写真。だが、だからこそこの写真は同じメニューを食べた家族にしか伝わらない。
「メモを渡された日の夕食だ。お盆も器も妹のもので間違いない」
コメント欄を開くと、『ご飯?』『作ったんですか!?︎』などと並んでいることから、普段はこういう投稿はしないのだろうことが窺える。
つまり。
「このアカウントが自分だと伝えるために……」
だとしたら随分な賭けだ。ユーザーが多いアプリとはいえ、そもそもそれをやっていない兄が自分のアカウント名を検索して、さらにメディア欄まで見に行く可能性……。ヒントを与えるにしても婉曲的に過ぎはしないだろうか。
「ただ……それしかわからない。これ以上のヒントらしいものは」
落胆したようにノギノが声を落としたが、これにはルキが首を振った。
「ううん。その一個上。RSOのスクショだよ」
スクリーンショットは公園らしい風景を切り取った画像だった。円形の広場の中央に噴水が噴き出る。奥には白のアーチと、その中央には小ぶりの鐘がぶら下がる。プレイヤーの姿はない。どこにでもある公園か何かのような場所だ。だが、アーチの向こう。青空が広がるその場所に唐突に一本の赤い線が横切る。RSOのタイトルも飾る、ゲームの象徴。赤い糸。
こちらもコメントを見れば、『何のゲーム?』『えっ、RSOやってるんですか!?︎』といった内容が大半を占める。イレギュラーな投稿の二連投。それも、ノギノ言うところのメモとやらを渡された日に。
「これは……どこだ?」
食い入るように画面を見つめて、ノギノが首を捻る。ゲームを始めたのが昨日なのだから知らないのも無理はない。この場所はRSOのプレイヤーにとっては有名な場所で、しかし実際に訪れたことのある人は限られる場所。
「誓いの広場」
この場所へ来い、と。そういう意味……なのだろう。それ以外に考えられない。どうやらこれは本気で面倒ごとに首を突っ込んでしまったらしい、とルキが軽く戦慄を覚える隣、ノギノがおそらくはマップを開いて目を凝らす。
「どこに……」
「今のマップにはないよ。誓いの広場は第二部で解放される場所にあるから。ここのメインストーリーをクリアしないと行けない」
「そういうことか……ルキ、ありがとう。ここから先は」
「一人で行く? 残念だけどそれは無理。仕方ないから、最後まで付き合うよ」
ノギノは首を傾げる。
「無理? そんなに敵が強いのか?」
ルキは否定の意で首を振る。
「ううん。強さはそんなでもない、って聞いた。そうじゃない。このメインクエストはね……」
ルキは猫耳を揺らして、説明を始めた。
翌日。日曜日ということもあって二人は午前中から集合していた……のだが。
「無理だ!!︎」
お馴染みの宿部屋の中、ノギノの絶叫が轟いていた。
「えー、でもこれが一番強いよ?」
「だからってこれはないだろう!?︎」
「そ? 結構似合ってるけど」
「君の格好もだ……! もう少しTPOとかあるだろう……!」
頭を抱えるノギノは可愛らしいメイド服姿だった。無論、女物である。フリルが目一杯あしらわらたリボンが胸元を飾り、ひらひらとしたスカートが翻る。これが巨漢であればキツかったかもしれないが、痩せ型のノギノには思いの外似合っていてルキは機嫌良く尻尾を揺らす。
一方のルキはルキで、際どい黒のビキニ姿だった。布面積を極力排除した、通常のRPGであれば間違いなくエロ装備と言われる類の代物である。いまだ少女の面影を残すアバターには少しばかり大人びすぎていた。
「んー、けど露出抑えると防御力下がるんだよねぇ」
「そんなわけがあるか! 普通逆だろう!?︎」
「まぁ、普通はそうなんだろうけど。ほら、ここ。RSOだし」
いささか乱暴な理論をルキが唱えるが、これはあながち間違ってもいなかった。RSOにおける装備品とはおしゃれとしての側面が強い。さらにコスプレ需要を想定してか水着やメイド服といった特殊装備が多く存在し、そういった装備品ほどレアリティが高くなる。RPG的なシステム面については極限まで単純化されたRSOにおいてレアリティとはイコール強さだ。故に、こういった事態が発生するわけだ。ついでに言えば装備品は男女の区別なく装備可能である。
「だが……それでもこの格好は……」
苦渋の顔をして自身の体を見下ろすノギノが流石に可哀想になり、ルキはポンポンと肩を叩いた。
「ま、見た目用装備も設定できるから」
「…………」
「…………」
ルキを振り返るノギノと、それを見返すルキがしばし見つめ合う。
「それを先に言え!!︎」
当然とも言えるノギノの一喝に、ルキは笑い転げたのだった。
かくして、見た目装備もきっちり設定し、実装備は女装と水着、見た目の上ではファンタジーにありがちな旅装となった二人は街に繰り出した。向かった先はメインクエストを発行してくれるNPCの元である。
「そうだ、スキルポイントをどれに振ったらいいかわからなくてな……聞こうと思っていたんだ」
道中、ノギノが不意にそう言った。
RSOはスキルポイント制である。レベルが上がると獲得できるポイントを各種ステータスに割り振ることでキャラクターを強化する、単純なシステムだ。
「あたしは筋力にしか振ってない」
即答したルキにノギノは胡乱げな視線を向ける。
「……防御とかいらないのか?」
振れるステータスは全員共通で僅かに四つ、筋力・防御力・敏捷力・幸運。
「普段戦闘しないと防御いらないんだよね……。筋力は急に押し倒された時に抵抗しないとだから上げてる。敏捷力は走るの早くなるだけだし、幸運は宝箱とか開けないと意味ない……あっでもラッキースケベ率上がるって聞いたな。幸運に入れとけば?」
本気とも冗談ともつかぬ口調でルキは提案する。それに対してノギノはしばし黙考してから呟いた。
「……筋力と防御力に半々だな」
歩きながらウィンドウを操作し始めたノギノを見ながら、ルキはぼんやりと思う。
(……だから、このゲームだったのかな)
RSOは最近のゲームにしては珍しいほどに単純な戦闘システムを採用している。基本ステータスに加えて、レベルに比例して若干量伸びるHP以外にパラメータはない。他のMMORPGではお馴染みとなりつつある料理スキルや裁縫スキルといった追加スキルも存在せず、魔法もなければ武器スキルすらない。装備品の強さは完全にレアリティに比例し、種類こそ多いものの追加効果といった特徴も皆無だ。装備項目は武器・上半身防具・下半身防具・足装備の僅かに四枠。アクセサリもあるにはあるが、装備してもおしゃれ以上の意味はない。武器も剣・斧・槍の三種類のみであり、これで敵を殴って攻撃する。
最近のゲームに慣れ親しんだ者にはいささかどころか多大に物足りないであろう戦闘システムだ。だがそれも……普段ゲームをやらない人からすれば理解しやすくて良いのかもしれない。彼の妹が、普段やっているメジャータイトルではなく敢えてRSOを選んだのだとすればそれは……。
「ん、あのNPCだったな」
ノギノの声に顔を上げると、いつのまにか目的のNPCは目前だった。




