これでハッピーエンド
ノギノに、どうして欲しいのかルキ自身よくわからなかった。
彩香だと、知られたくないのに知られてしまって。でもそれが不思議と嬉しくて。本当はただ……恋していて。
「……ルキ」
だからほら、名前を呼ばれるだけでこんなに嬉しい。
「もういいよ、ノギノ。妹さんと会えたんでしょ。あたしも、ノギノのおかげで、あの教室から離れられた。これでハッピーエンド、ってことで。このフレンド関係も用済み」
「そんなわけがあるか!!︎」
ノギノに強い口調で遮られて、ルキは驚いてビクリと肩をすくませる。
「そ、そう……? 用済みじゃ、ない、のかな」
「教室から離れられただけで、お前の問題はまだ何も解決していない。こんなものが、ハッピーエンドであってたまるか!」
ちょっと期待してしまったルキは、ノギノの斜め上の回答に、はあっと息を吐く。まだフレンドでいられるのかと思ったのに。
「ほんっと、ノギノってさあ……」
「な、なんだ……別におかしなことは言ってないだろう」
「はいはい。それで? 解決してないなら何してくれるわけ? あたしのこと抱く気になったって言うならいつでも歓迎だけど」
投げやりに言って、どさっと寝台に座る。
「……お前は、どうしてそうまで俺に抱かれたがるんだ?」
「どうして、って……それは……か、顔が、好みだから?」
答えたのは、一番薄っぺらい理由。本当は、好きだから、なんて照れ臭くて言えない。もしかしたら乱暴に抱かれて、他の男と同じだって幻滅したいのかもしれない。でもそれと同時に、きっと優しく愛してくれるんだろうな、という期待もある。
「そうか…………なあ、ルキ」
ノギノは、少し間を空けてルキの隣に座る。寝台が軽く軋んだ。
「なに?」
「俺は、お前のことが好きだ」
「え゛っ!?︎」
「恋愛的な意味じゃない」
「ああ……」
安堵したような、落胆したような、複雑な感情を覚えているとノギノが続けて言った。
「お前を抱いて、他の男どもと同じような存在になりたくない。お前がそこらの男の欲の吐け口にされてるのかと思うと、正直……大変不愉快だ」
「だから、あたしにこのゲームやめて欲しいって?」
「そうだ」
「それで、ノギノ一筋になって欲しいって?」
「そ……うは、言ってないが……。まあ、それでもいい」
「じゃあ、また、あたしと遊んでくれるの?」
ノギノは一瞬言葉に詰まったが、すぐに頷いてくれた。
「そうなるな。まあ、どうせお前はもう転校するんだろう。それとも、もうした後か?」
「え? あー……うーん、そう……かもね?」
「は? なんだその歯切れの悪さは」
ノギノの言葉の意図はルキにもわかった。教師と生徒が学外で一緒に遊ぶ、なんて、それがR18のゲームじゃなくたってアウトだ。「転校しない」なんて言ったらきっともうノギノは会ってくれなくなる。今のルキにとっては、RSOを続けるよりも、ノギノと一緒に遊ぶ方が大事だった。
「いや! なんでもない。ただ、ちょっと進路? に、迷ってて。もう、あの場所には戻らないよ」
ギリギリ嘘にならないように答える。迷っていたのは、実際のところ本当だった。
転校したら、状況は改善するかもしれない。けれど一方で、また同じことにならないとも限らない。なにせ、転校となれば行く先は今と同レベルの高校なのだ。治安の悪さだって似たり寄ったりかもしれない。
転校しなければ、相変わらず佐野と同じ学校に通うことにはなる。不名誉なアレだって、他の生徒の知るところだろう。けれど一方で、あの学校には和泉先生がいる。彩香が自ら告発したことだって他の生徒の知るところだ。同じことが起こる可能性は低いし、同じことになっても誰に頼ればいいかは瞭然としている。
「進路か……そういえば、文系だったな。たしかに、お前は理系のが似合いそうだ」
「そう、思う?」
彩香の通っている高校は私立校で、クラスはいくつかのコースに分かれている。今のクラスは文系の大学進学を見越したクラスだった。クラスは一組から八組まであって、高校の規模的にはそれなりに大きい方だろう。一組から三組は文系進学、四組から六組は理系進学、七組と八組はちょっと専門的なところで就職クラスだ。
つまるところ、理系に進路を変更すれば佐野とは教室の位置も離れるし、授業での接点もなくなる。
「ああ。数学の成績、悪くなかっただろ」
「よく知ってるね」
「ッ……たまたま、見る機会があったんだ」
「ふうん。そっかあ……でも、そこまで言うなら、このゲーム辞めてもいいよ」
「ッ本当か?」
「その代わりさ、あたしと赤い糸の契約結んでよ。そしたら、あたしはノギノ以外とできなくなるから。このゲームをやる理由もなくなる」
自分で言ってて、ちょっと顔が熱くなった。でも何か、証が欲しかったのだ。またノギノと会える、関係を続けられる、言い訳が。口約束じゃない、特別な何かが。
すごく嫌そうな顔をされるかと思ったのに、意外とノギノはちょっと微妙な顔をしただけだった。
「それって……誓いの広場に行くんだよな……?」
「うん。そうだよ。あたしとは、行きたくない?」
「行きたくないというか……普通に気まずくないのか、お前は」
「ちょっと、恥ずかしいけど。でも……ノギノだし。あたしはいーよ」
ノギノはそれでも迷っているようだったが、結局頷いた。
「まあ、それでお前がこのゲームを辞めてくれるなら俺は構わない」
「えっ! いいの!?︎」
「ああ……というか、それが交換条件なんだろう?」
「そしたらさ、他のゲーム、一緒にやってくれるんだよね?」
「そうだな。妹がやってる方に行こう。タイトルを聞いて……シンシアにSNSから連絡させる。向こうもアカウント復活させてるんだよな?」
至極当然のようにそう言われて、ルキは瞬間フリーズした。
「…………ノギノ、あたしのアカウント知ってたの?」
ノギノはハッとしたように焦った顔をした。
「あ、ああ……その……悪い。検索したら割と簡単に見つかってな」
「そっか。検索……してたんだ」
全然そんなの疎そうなのに。シンシアのアカウントを探すついでとかなら、割と最初の方から。なんか変なこと言ってなかったっけ、と記憶を遡るが……当然の如く、ひと月前にした投稿とか覚えていない。
「それより。行くならさっさと行こう。お前、もうボスは倒したのか?」
「ああ……ううん、まだ」
「なら、明日。二十時に向こうのワープポイントで落ち合おう。最終クエストの受領自体は一人でもできたから、そこまで行っておいてくれ。その時間ならボス戦のレイドに混ぜて貰えるはずだ」
スラスラと計画を立てるノギノに、ルキは少しばかり戸惑っていた。
(本当に、いいんだ……?)
期待していなかっただけに、バクバクと心臓が早鐘を打ち始める。
「わ、わかった。明日の二十時ね。了解」
「……じゃあ、また明日な。おやすみ」
きちんと部屋を出てからログアウトしていったノギノを見送って、ルキは詰めていた息を吐く。思いの外自分が緊張していたことに気がついた。
「…………っていうか、本気……なん、だよね……」
独り言にして呟いたのは、到底胸の内で抱えきれなかったからだ。赤い糸の契約は、誓いの証にキスをする。ノギノは知らないのかもしれない。言うべきだっただろうか。でも言ったら断られたかもしれない。それに、シンシアに聞いて知っている可能性だってある。もしかしたら抱くのはダメでもキスならし慣れてるとかあるのかもしれない。
(というか、あそこでやるってことは、当たり前だけど……和泉先生と……彩香の、私が……)
自分で言い出したこととはいえ、承諾されるとは思っていなかった。つまり心の準備なんてできてない。
「う、うううぅぅ〜」
ベッドの上で一人悶絶したルキが、ログアウトすることができたのはそれから三十分後のことだった。




