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かくれんぼ

 翌日。


「……いや、わかるわけないじゃん」


 今日は土曜日ということもあって昼間からログインしている。

 行為の後の裸体のまま、宿のベッドに寝転んだルキの言だ。ちなみに相手はさっさと次の相手を探しに行ったからここにはルキ一人である。部屋のホストになっておけば、行為の後さっさと退散しなくて良いのは利点だ。

 昨日。できる限りのことはする、とは言ったものの……特に打てる手などなかった。プレイヤーネームを検索すれば周囲にいるプレイヤーに関してはわかる。だが、どのサーバにログインしているのかはわからないし、ワールドだってそれなりに広い。わかったことは、少なくとも昨晩の時点でこのサーバのこの街にシンシアという名前のプレイヤーはいない、ということだけだ。つまり……何もわかっていない。

 ゴロンと寝返りを打って、手持ち無沙汰に自分の尻尾を弄ぶ。


「とりあえず、フレンドさんには片端から聞いてはみたけど……期待できないよなぁ」


 今はまだメッセージの返事待ちではあるが、今のところは空振りに終わっている。そもそもシンシアなどという名前はそれなりにありふれている。事情が何かは知らないが、仮に見つけたとして、彼女自身が「妹ではない」と主張すればそれまでだ。見つかるものも永遠に見つからない。


「んんー……困った!」


 安請け合いしすぎた。今からでもバックれてやろうか、と思わなくもないが、流石にそれは良心が痛む。


「そもそもどういう状況なんだろ……」


 隣の部屋にいる妹に会えない。随分と特殊な状況であることは間違いない。それに、プレイヤーネームというものは普通本人に聞かなければ知り得ない情報のはずだ。それだけを知っているというのも解せない。

 会ったら聞いてみよう……と思いつつ、手癖でメニューウィンドウを開いてフレンドリストを確認。


「あれ。いるじゃん」


 ノギノの表示は、昼間だというのにオンラインになっていた。休みとはいえ、普段ゲームをしないのであれば日中は予定が入っているものと思っていたが、どうやらルキの偏見だったらしい。手早くメッセージを作成して送信すると、弾みをつけてルキは起き上がる。


「さて、人探しに行きますか!」


 少しばかり楽しげに、ルキは尻尾を振りながらいつものワンピースを装備。意気揚々と部屋を出て行った。


「それで、成果はどう?」


 ノギノと合流しての宿部屋である。昨日のうちにルキが倉庫の肥やしと化していた男性モノの衣服をあげたから、今のノギノの格好は長袖のシャツにジーパンの出立ちだ。


「だめだ」


 短く答えてノギノは項垂れる。まぁそうだろうな、と思っていたルキはさして驚かない。


「……もう少し、何かないの? 話せる範囲でいいからさ。なんでプレイヤーネームとゲームだけ知ってるの? 直接聞いたんなら、中で待ち合わせとかできなかったの?」

「ゲームとプレイヤーネームについては本人にメモを渡された。けど、それ以上のことは教えて貰えなかった。探し出してみせろ、と、そういう意味だと思う」

「かくれんぼでもしてるわけ?」


 だとしたら飛んだ茶番だ。無関係のルキからしたら兄妹のお遊びに巻き込まれた形でしかない。

 ノギノは自嘲するみたいに笑う。


「そうだな。かくれんぼ……。そうなのかもしれない。すまない、俺たちの事情に巻き込んで。やはり俺一人で」

「もう別にいいよ。乗り掛かった船だし、協力してあげる」

「本当か? だが……」


 そういう言い方はズルい。実際の事情なんてものはルキにはさっぱりわからない。それでも彼らにとってその『かくれんぼ』が重要なことなのだということはなんとなくわかる。他人からすればただの茶番だって、当人にすれば重大問題だということもあるものだ。


「これが逃げた妹を探す、なら厳しかったけど、『探してみせろ』ってからには、妹さんは手がかりを残してるはず。プレイヤーネームの手がかりだけでも、本気で探せば見つけ出せると思ってる。ただ……」

「……ただ?」

「ううん。今はいいや。何か、知らないの? 妹さんのSNSアカウントとか」

「生憎と俺がSNSをやっていないからな……」

「プレイヤーネーム検索すれば何か出てくるかも。ちょっと落ちて調べて来るよ」

「いや、それくらい俺が」


 ノギノの声は途中で途切れた。ルキが最後まで聞く前にログアウトしてしまったからだ。


 自室で目覚めたルキ——東雲(しののめ)彩香(あやか)は頭部に装着していた銀環を外して起き上がる。六畳ほどの部屋には、ベッドと勉強机、それに小さめの箪笥があるだけで全体的に物が少ない。床に転がった学校指定の鞄と、机の上に散乱した教科書類が彼女が高校生であることを示していた。

 彩香は枕元に置いてあった携帯端末を取り上げて、SNSアプリを起動する。検索窓に『シンシア』と打ち込んで、ずらりと出てきたユーザーを片端から見ていく。幸いなことに大した人数ではない。


「違う……。これも違う……これは…………いや、まさかね」

「彩香! またあなたはゲームばかりして……!」


 ビクッと彩香は弾かれたように顔を上げる。勝手に扉を開けて入ってきたのは母親だった。ノックをして、と言ったところで無駄なことはわかっている。


「……大丈夫だよ。宿題はやってあるし……」

「来年にはもう三年生なのよ。ただでさえ最近成績落ちてるんじゃないの」

「あー……うん。そうだね。勉強しようかな……」


 本当にゲームをしていた以上はぐうの音も出ない。成績不振も本当のことだ。入学以来、成績は落ち続けていた。


(ごめん……ノギノ)


 心の中で謝罪しながら枕元に置いてあった眼鏡を手に取る。長い髪は適当に結んで、机に向かうと、母親は満足したように出ていった。勝手に部屋に入る以外は、そう干渉してくることはない。たまに母親としての義務感にでも突き動かされたように小言を言いに来る。母としてのポーズなのだろう。だから彩香もそういう時は素直に娘としてのポーズをとる。

 乱雑に落書きされたノートを開いて、最後に書いたページまでパラパラとめくる。


「……あ」


 ページが無惨に破り取られていた。やむなく新しいノートを取ろうとして、切らしていたことを思い出す。フリーズすること数秒。他に手段はないと判断して、伸ばしかけの手を下ろした。


「……はぁっ、行こ」


 どの道月曜には必要になるのだ。新しいノートは買いに行かねばならない。財布を鞄に突っ込んで、着替えを取るために箪笥を開ける。出かける支度をしながら、今夜は絶対にヤろう、と彩香は心に決めるのだった。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 自室で目覚めたノギノ——和泉(いずみ)秀一(しゅういち)は頭部に装着していた銀環を外すと、手探りで自身の携帯端末を探す。体格こそ変わらないが、その顔立ちはゲーム内のアバターよりも少しばかり若々しく、整っている。実際の容姿よりも美男子にすることは多いがその逆は珍しい。平たく言って、ノギノよりイケメンだった。

 黒を基調としたシンプルな部屋は秀一の生真面目さを窺わせる。背の低いテーブルの上には、筆記具やプリント類がこちらも整理されて置かれている。ハンガーラックに吊るされたシャツやジャケットが彼が社会人であることを示していた。


「っ……と」


 危うく取り落としそうになった端末を、何とか支えて自身の目の前まで持ってくる。ブラウザを開いて『シンシア』と入力。ずらりと出てきた検索結果はいずれも人名ではない。


「コンタクトレンズに……介護施設……関係ないな」


 カタン、と隣室から聞こえた微かな物音に顔を向ける。壁一枚隔てた部屋には妹の詩織がいる。起きたのか、あるいはこれから寝るところなのか。

 ゴロリと寝返りを打って、手を伸ばす。机の上に置いてあったメモにぎりぎり手は届いて、目の前まで持ってきた。

『RSO シンシア』

 力のない細い線による筆跡は詩織のものだ。扉の隙間から差し入れられたこのメモに従って、秀一は初めてゲーム機を購入した。ソフトもあわせて通販で入手したものだ。R18とは知らなかったが。


「…………考えすぎ、なんだろうか」


 シンシアとは、そもそもプレイヤーネームですらないのかもしれない。RSOだって、レッドストリングオンラインのことを示しているとは限らない。ただ色々な可能性を考えて、これが一番あり得そうな答えだと思っただけだ。ログインすれば何とかなるかとも思っていたが、現状一切の手がかりがない。嫌がらせにしては随分と手が混んでいる。あるいは、揶揄われているだけなのだろうか。


「……SNS、だったな」


 これで見つからなければ、諦めよう。これ以上ルキというプレイヤーの好意に甘えるのも忍びない。

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