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見つけてくれた

 俯いた彩香を促して、秀一は職員室の奥にある個室へ向かう。以前にも彩香が呼び出された部屋だ。机を挟んで向かい合う形でソファに座った。微かに肩を震わせる彼女を問いただすのは憚られるが、それでも最低限の事情は聞いておかなければならない。せめて、誰に何をされたのか、それだけでも。

 グシグシと目元を擦る彩香に、使ってない面が表に来るようたたみ直したハンカチを差し出す。涙を拭い、落ち着くのを待って口を開こうとすると、一瞬早く彩香が先を越した。


「和泉先生」

「なんだ?」

「……あの、写真、を」

「写真?」

「撮られて」


 辿々しく細切れの言葉ではあったが、そこまで聞けば察しがついた。無意識に秀一の目は鋭さを増す。


「誰にだ」


 ここで彩香が上げた名前のほとんどを秀一は把握していなかった。名前くらいはなんとなくわかるが、明確に顔が浮かぶのは佐野くらいか。

 続けて彩香は事細かに自身がされたことを語った。

 最初こそ途切れがちではあったが、話しているうちに落ち着いたのか口調は淡々としていき、語るほどに感情が欠落していった。被害の酷さに対して語り口からは一切の感情が感じられない様はいっそ奇妙なほどだ。

 一年の後半からそれは始まり、二年になってクラスを巻き込んでエスカレートしていったという。聞いている秀一の方が気分が悪くなるというのに、語り終えた彩香は涙も収まり、どこかぼんやりと虚空を見つめていた。そして最後に付け足すように言った。


「すみませんでした。私が、佐野さんを増長させた」

「っ……君は、何一つ悪くない」


 どうして怒らないんだ、とよほど叫びたかった。目の前の東雲彩香に、詩織を重ねずにはいられない。それでも、彼女に怒鳴ったところで仕方がない。なんとか飲み下して、深く深く息を吐く。


「すみ、ません。黙ってて」


 何を勘違いしたか、そんな風に謝る彩香に秀一は首を振った。


「いや。東雲は何も悪くない。むしろ今まで気が付かなかったことを謝るのは俺たちの方だ。それに……すまなかった。俺に話して、なんて言ったから、俺を待っていたんだろう」

「あ……えっと……」


 言われて初めて気がついたかのように、彩香は目を泳がせる。たまたま人のいない時間に来たら秀一がいた、というだけだったのか。


「それで、昼休みから今まで、どこにいたんだ?」

「……屋上に上がる、階段のとこに」

「そうか……」

「…………あの」


 彩香が何か言いかけたその時、ノックの音が響いた。返事を待たずに扉が開いて、顔を覗かせたのは斎藤先生である。


「和泉先生! すみませんでした。彩香さん話を」

「今、俺が聞きました。外で話しましょう。東雲は待ってろ」


 その後、斎藤先生に一通りを説明した秀一は、諸々の雑用に追われた。普段こそお飾りの副担任職だが、こういう時は本領発揮だ。ひとまず彩香が名前を上げた生徒を集めて事情を聞く。さらには教室に居合わせた目撃者にも話を聞く。教室で女生徒を全裸に剥いた、となれば生徒を叱って終わるはずもない。携帯端末から証拠になる画像まで出てしまえばなおのこと、親も呼び出さねばならない。彩香次第では警察沙汰なのだ。自然と対応は慎重になった。

 それも一段落して、直接的に関与していない生徒を帰せる頃には日も暮れかかっていた。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 日が落ちていく窓の外を見るともなく眺めながら、彩香はぼんやりと個室に座っていた。

 あれから斎藤先生が来たり、保健室の先生が様子を見がてらパンツを持って来てくれたりした。斎藤先生には遡行を疑って申し訳なかった、と謝罪もされた。


(これで、良かった……んだよね)


 扉一つ隔てた職員室はずっと慌ただしかったようで、個室を訪れるどの大人も厳しい顔をしていた。そして誰もが彩香を見るときに、痛々しいものでも見るみたいな目をしていた。

 迷惑をかけている自分。惨めに蹲っているだけの自分。何もできずに、守られるばかりの弱い自分。どの自分よりも、いじめに耐えている間の自分の方が好きだったけれど。


(これで……いいんだよね?)


 膝の上でぎゅっと手を握りしめた時、軽いノック音と共に扉が開いた。入ってきたのは和泉先生だ。


「東雲……お母さん、三十分くらいで来れるそうだから」

「……はい」


 和泉先生は、彩香の斜向かいに座った。何か話でもあるのかと身構える。また、「気の毒」だとか「可哀想」だとか、「災難だったな」みたいな、ただ憐れむだけの言葉をかけられるのだろうかと思っていると、和泉先生は声を潜めて話しかけてきた。


「東雲。こんな時に悪いんだが……聞きたいことがあるんだ」

「はい」


 続く言葉に、彩香は目を見開いた。


「ルキ、という名前に、心当たりはないか?」

「…………え?」


 よほど聞き間違いかと思った。次いでアカウントがバレた可能性を考えた。誤魔化さないとと思って、でもアカウントはもう消したんだと思い出す。どの道、既に驚きは顔に出てしまっている。今更誤魔化せない。


「やはり……知っているんだな。頼む、教えて欲しい。彼女の、リアルを」

「…………え?」


(リアル……? 私って、バレてない……? なら、なんで。どこでルキのことを)


「頼む。連絡が取れないんだ。この学校の、生徒……なんだよな?」

「なんで……どうして、先生が、知って……?」


 和泉先生は僅かに答えるのを躊躇ったようだった。けれど何かを振り払うように身を乗り出すと、一層声を潜めて言った。


「…………ゲームの、フレンドなんだ。頼む教えてくれ。彼女は……君と同じ目に……いじめの被害に遭っているかもしれない。早く助けなければ、手遅れになるかもしれないんだ」


 ルキという名前は、RSOとSNSでしか使っていない。以前に他のゲームを遊んでいたこともあったが、その時は別の名前を使っていた。ゲームのフレンドというなら、RSO以外にはあり得ない。そして、ルキがいじめられていることを知るフレンドなど、後にも先にも一人しかいない。


(…………ああ。もう、この人は本当にずるい……)


 抑えきれようもない笑みを見られたくなくて俯いた。リアル割れのロジックはわからないし、どうして彩香がルキの知り合いだなんて、そんな勘違いに至ったのかもわからない。それでも、そんなことはどうだって良かった。


(……見つけてくれた)


 探そうとしてくれた。気にしてくれていた。こんなに心配されていたのは、ほんの少し悔しいけれど。それでも……一方的に切り捨ててしまって、今度こそ嫌われたかもしれないと思っていた。今度の今度こそ、一人ぼっちになってしまったと思ったのに。


「知っていることがあるなら頼む。助けたいんだ」


 切羽詰まったように言う和泉先生に、彩香は俯いたままで答えた。


「……ありがとう、ございます。ルキは……もう、大丈夫です」


 自分がそうだと、名乗る気はなかった。ルキは彩香の理想だ。肉体的にも精神的にも、強くてかわいい女の子。その残念なリアルなんて、知られたくない。知らなくていい。いつまでもノギノの中で、溌剌と生きた水色の子猫であって欲しい。彩香とルキを、結びつけないでいて欲しい。

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