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えっちしたい

 NPCに報告して、第一部最後のクエストを受領して、ログアウトした彩香は銀環を外すのも億劫でそのまま目を閉じていた。

 様子が妙だと、ノギノに見透かされたことが嬉しくもあり、悔しくもあった。


(だめだ……このままじゃ)


 このままメインクエストが終わって別れてしまえば、自分はずっと引きずる気がした。


(もうすぐ私は、必要なくなる)


 いつのまにか甘えてしまっていた。必要とされたことが、感謝してると言われることが嬉しかった。必要とされることを、彩香の方こそ必要としていた。けれど、「先行して蹴散らそう」と言われたとき、もうルキが必要とされていないのだと、受け入れざるを得なかった。その前からわかっていたのだ。惨劇あたりからルキは完全に足手纏いだった。

 裏切られる。

 置いていかれる。

 明日、ボスを倒したら、それで終わりだ。

 日常が戻ってくる。ノギノは妹と再会してハッピーエンドへ。彩香は虐げられる毎日へ。

 抱いてくれ、と言ったのは、少しばかり焦ったかもしれない。けれど、もうあの場でしか言えないと思ったのだ。二人で話せるタイミングは、もうあそこしか残されていなかった。


(ノギノは、ただのフレンドだから……)


 これまでネットゲームで出会ったフレンドに執着したことなどなかった。この世界の出会いは一期一会で、代わりなどいくらでもいる。いつの間にか最終ログイン日は遠ざかり、いつしかフレンドリストから消えていく。個々の出会いに拘るまでもなく、次々と新しい出会いは訪れる。なのに。


「……なんで、よ……っ」


 別れたくない。また会いたい。また話したい。けれどノギノは元々ゲームプレイヤーですらない。妹を探すためにログインしているに過ぎない。だからもう、真実明日が最後なのだ。もう二度と、ノギノというプレイヤーに出会えることはない。

 グッと手を握り締める。


(やっぱり……これしか……)


 他のフレンドと同じように、過去にするために。数多の出会いの一つに堕とすために。これはそのための儀式なのだと自らに言い聞かせて、彩香は再度RSOを起動した。


 同日夜。

 もはやお馴染みとなった宿の一室。

 ルキはノギノと対峙していた。


「……ありがとう。良かった、メッセージ間に合って」

「……あぁ。それで、なんだ。話って」


 ルキはメッセージでノギノを呼び出していた。ログアウトしていれば気づかれずに終わるそれは、しかし幸か不幸かきちんとノギノに届いて、今こうして会えている。

 ルキは小さく息を吸う。


「うん…………あたしを、抱いてくれない?」

「またその話か。断ると言っただろう」


 ルキはヘラッと笑う。


「……だよねー。ノギノならそう言うと思ってた。だから」

「……? ……っ!」


 怪訝そうにしていたノギノが、しかし警戒するよりも早く、ルキはその体に掴みかかるとベッドの上に押し倒していた。衝撃でミシッとベッドが軋む。肩と足をホールドされたノギノは、もう体を起こせない。


「もう勝手に押し倒すことにした」


 仮想世界とはいえ自分が無防備な姿を晒すのは、最初はルキも怖かった。緊急脱出コードの存在があっても不安だった。だから嫌だと思ったらいつでも逃れられるように筋力値を執拗に上げた。襲われないためのこの力をよもや襲うために使う日が来ようとは、何があるかわからないものだ。


「ルキ。何を」


 する気だ、と。その言葉が最後まで発せられることはなかった。ルキが素早く唇を奪ったからだ。仮想空間での感じ方の特徴を熟知した犯し方。どの場所を押さえれば効率的に筋力値を使えるか、どう触れれば気持ち良くなるようになっているか、ルキは全部知っている。

 キスひとつで、ノギノはそのことを否応なく理解する。

 それは確かに紛れもない快感だ。ただ唇を重ねているだけなのに、心地良さが生み出される。脳に官能が供給される。それはたまに、ルキを酷く虚しくさせる。

 唇を離して、顔を上げたルキはいつものようにヘラヘラと笑っているのに、その笑みはどこか空々しくノギノの瞳に映った。


「気持ち良かったでしょ? やりたくなった?」


 ノギノはルキから視線を離さないまま、ゆるゆると首を横に振る。


「ルキ。こんなことは、やめろ」

「やだよ。嫌なら、わかるでしょ? どうして逃げないの?」

「…………」


 緊急脱出コード。この世界を拒絶する、自衛手段。けれどノギノにその手を使う気はないようで、ただ黙ってルキを見つめる。真摯な瞳に怯みそうになりながら、ルキはなおも言い募った。


「ほら、さっさと言いなよ。でないと、襲っちゃうよ。それとも、抵抗できると思ってる?」

「ルキ。何があったんだ。何がしたいんだ。こんなことに何の意味がある」


 押し倒されてなお、真摯にルキを見つめるノギノの真っ直ぐな視線に、さしものルキもたじろいだ。所詮はノギノだって男だ。他の数多のフレンドと同じように、ルキの体に夢中になって、官能に恍惚と顔を上気させて、「最高だ」と笑う……そのはずだった。あるいは、拒絶されても良かったのだ。嫌われてしまえば、それはそれで楽になれた。だというのに、彼はなおもルキを理解しようという態度を崩さない。

 戸惑って、思わず視線を逸らした。


「だから……ずっと言ってるじゃん。抱いて欲しい。えっちしたい。それだけだよ」

「違うだろう。お前にとってそれは目的じゃない。ストレス解消のための手段だ。それだけなら、相手が俺である必要はないはずだ」

「…………っ、もう、知らない!」


 これ以上問答していたくなくてルキは叫んだ。それは言い負かされるとわかっていたからかもしれない。これが利己的で自分勝手な行為であることはルキ自身承知していた。半ば以上八つ当たりだともわかっていた。それでも今更、止まれなかった。

 ルキは右手を上げる。拘束が離れてノギノの左腕が自由になるが、右肩を固定しているから体を起こすには至らない。メニューウィンドウを開き、装備全解除を選択。微かな衣擦れのような音と共に、たちまちルキは裸体になった。猫耳がピンと立ち、尻尾がノギノの股間をなぞる。目にも眩しい肌色に、ノギノが顔を逸らした。


「ッルキ……! こんなことは、間違っている。こういうことは、恋人とするものだ」

「なら、今だけ恋人でいい」

「そういうことを言ってるんじゃない! やめろ……。本当にお前がしたいのは、こんなことなのか……!」


 ノギノは哀しげに顔を顰める。

 美少女のアバター。システムに保証された官能。圧倒的な筋力値で押し倒して、脅して、ここまでして逃げ道を奪ってなお、ノギノはルキに靡かない。何が不満なのか、これ以上どうすればいいのか、ルキにはわからなかった。


「あたしは……他のやり方を、知らないから……っ」


 友を、繋ぎ止める方法を、他に知らない。小学校の友人も、中学校の友人も、卒業すれば簡単に縁は切れた。高校でもそうだ。彩香がいじめのターゲットになった瞬間、誰もが手のひらを返して離れていった。損得がなければ、得を与えられなければ、また置いていかれてしまう。そしてルキが与えられるものは、今日で終わった。ならば、それに代わるものをルキはこれ以外に持っていない。

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