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男、連れ込めないじゃん

 翌日。金曜日だが、午前中で学校が終わったルキは午後から早々にログインしていた。昨日ログアウトしたままの宿部屋である。昨日やり損ねた分と、今夜の約束に先駆けて済ませておこうと思ったのだ。

 この宿屋では一定の金額を払うと入ったプレイヤーが全員出払うまで支払いをしたホストに紐づく形で部屋が生成される。同じ位置同じ部屋であっても中はホストプレイヤーごとに複製されたエリアになるから、占領するという事態にはならない。同じ部屋にアクセスする条件はその部屋を借りたプレイヤーに同行する形で入室することだ。この部屋はルキが借りてノギノと共に入ったから、二人が出るまでこの部屋は維持されることになる。


(退出ログがない……)


 部屋のドアノブをタップして開いたウィンドウで、ルキは部屋のアクセスログを確認していた。

 退出ログがない、ということはつまり、ノギノはこの部屋からそのままログアウトしたということだ。

 すなわち。


「男、連れ込めないじゃん……」


 ルキがこの部屋に男を連れ込んだとして、行為中にノギノがログインしてくれば……色々と気まずい。とはいえ今日は平日だ。ルキの学校はたまたま時期外れの課題テストで午前終わりだっただけで、ノギノがログインして来るにはまだ時間があるだろう。


「ん〜……大丈夫かなぁ」


 ノギノが当分ログインして来ない方に賭けて連れ込むか。しかし、万一ログインして来ないとも限らない。


「……待つ、しかないかぁ。んー、欲求不満……」


 ルキの猫耳が感情に反応してヘタリと下がる。

 部屋のホストは別の部屋にゲスト入室もできない。部屋の強制解放もできなくはないが、プレイヤーが長期間ログインできなくなった時の救済措置的なもので、追加でお金がかかる。

 結局、ため息を一つついて、ルキはログアウトボタンをタップした。


 同日夜。約束の時間よりも少し早く、ノギノはログインしてきた。


「悪い。早めに来たんだが、待たせたか?」

「……うん。待ったよ。すごく」


 それはもう、うんざりしたように答える。


「それは……すまなかった。そんなに早く来たのか?」


 釈然としない様子ながらノギノは謝罪する。本当に真面目な人だな……と思いながら、冗談だと示すようにルキはけろりと笑ってみせた。


「まぁ午後休みだったからね。それより先に教えとく。ログアウトする時は、部屋を出てからして。自分で借りた部屋ならいいけど、ホストに迷惑だから」

「……ホスト?」

「部屋を借りた人。人が全員出ないと部屋がキープされたままになっちゃうの」


 そこまで説明すると、ようやくノギノにも合点がいったらしい。


「ああ……なるほど。気が付かなくて申し訳なかった。次からはそうしよう。部屋を出ればいいんだな?」

「ん。全員出るとね、カランって音が鳴るから、それが部屋が削除された音。たぶんあたしが部屋に残るからノギノは聞くことないかもだけど」

「なるほど……」


 こんな初歩的なことにも神妙に頷くノギノにルキは苦笑する。


「まぁ、今日のところはいいや。それで? 調べてきたんでしょ。何を教えればいいの?」


 気を取り直してルキが問うと、ノギノは神妙な顔をした。このゲーム内では中々お目にかかれないまじめくさった顔がルキはなんとなく落ち着かない。


「ああ……。とりあえず、昨日のこと改めて感謝する……。ここが、そういうゲームだと知らなかった。だが……その上でわからない。調べた限り、このゲームは出会い系なのだろう? そう警戒する理由が何かあるのか?」

「まぁ……そう、なんだけどさ。公式サイト読んできた……ってとこ?」


 ノギノの言う通り、元々RSOは本番もできる出会い系MMORPGという謳い文句のもと発売された。しかし、本番ができるという特性上、それだけを目的とした人間が多い……というより、運営もそれを狙っていた節がある。


「? ……ああ。それだけでは足りなかったか?」

「うん……。簡単に言うと、レベル低いプレイヤーなら道歩いてるだけで犯される」

「昨日もそんなことを言っていたな……」

「筋力値ステータスが高ければ体格差とか関係なく無理矢理押し倒せるし、服だって脱がせられるからね」

「服を……!?」

「だって、ヤる時って脱がすでしょ?」


 互いに裸になって始める、というのでは情緒がない……とまでは言わないが、要は脱がすところから楽しみたいプレイヤーがいる。その需要に応えようと思えば必然、他者の装備品を脱がせるという機能を実装せざるを得ない。


「それは……だが、こう……先に同意を取るとか……」

「いつ取るの? そもそも、どこからがプレイになるかって話でもあるじゃない?」


 リアルでなく、敢えてRPGの中でそれをするということ。もちろん痛みがないだとか、快感がシステム的に保障されているだとか、避妊の必要がないといった利点はある。だが、多くのプレイヤーが求めているのは、非日常性だ。リアルであれば犯罪にすらなりかねない行為。例えば痴漢。例えば青姦。極め付けには児童……やめておこう。ともかく、それらが合法的にできるのがこの世界だ。性別も年齢設定も自由自在なRPG。道行く人の中に子供や老婆がいたのもそのためである。アバターが子供だろうが、中身は成人だから問題ない。


「プレイ……。なるほど、そういうことか……」


 ルキが説明するまでもなくノギノはそこに思い至ったらしい。複雑そうな顔をして沈思する。


「ねぇ? もういい? ヤる気がないなら相手探しに行きたいんだけど」

「あ、ああ。悪かった時間を取らせて……」


 律儀に頭を下げるノギノを放っていくことが、ルキにはどうにも憚られた。緊急脱出コードがあるからその気もないのに強姦されるということはないだろうが……。

 何やら訳ありな様子で、見たところゲームにも不慣れな男。この生真面目さでは悪い人間に騙されそうで不安になる。そうなってはさすがに後味も悪い。迷った末に、ルキは渋々ながら口を開いた。


「あのさぁ……なんだっけ、シンシア、さん? っての探してんの? 手がかりってそれだけ? 良ければ探すの手伝うけど……」


 途端、ノギノの顔がパァっと輝く。

「本当か!?」 

 ゲーム内では何かとリアクションがオーバーに表現されがちだが、それにしてもここまで嬉しそうにされればルキとて悪い気はしない。


「……言ってもできることは限られるからね! それで? その人は何なの? 協力するからには多少の情報は教えてもらわないと……」


 照れ隠しにツンとした顔をして見せるが、半獣人の特性上、感情に正直な耳と尻尾は嬉しげに揺れる。だがそんなことは知らないのか、あるいは眼中に入らないのか、ノギノは至って真面目くさった顔のまま答えた。


「妹……だ。このゲームを遊んでいることと、シンシアというプレイヤーネームしかわからない」

「妹……さん? それは……生き別れ的な……?」


 勝手に重い内容を想像したルキだったが、ノギノは首を振って否定する。


「いや。現実では隣の部屋にいる」

「は?」

「訳あって直接会うことも言葉を交わすことも叶わない。だが、俺は妹に会って話さないと……伝えなければいけないことがある。だが、見ての通り俺はVRゲームをやるのも初めてだ。協力してくれるなら、助かる」


 実際のところ、ノギノとその妹がどういった状況にあるのかはさっぱりわからない。けれども、彼の態度が真剣なものであることはルキにもわかった。からかっているわけでも、冗談でもないだろう。


「……わかった。できる限りのことはしてあげる」

「ありがとう……! 感謝する」

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